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小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」
第23回 ヤン・ソーデック「Gabina shaving」  2012年10月10日
(図1)
ヤン・ソーデック
"Gabina shaving"
(Gabi shaves herself)
1982年
ゼラチンシルバープリント・手彩色
イメージサイズ:17.7x17.0cm
シートサイズ:25.2x19.8cm
サインあり

シェービング・クリームを塗った頬と顎に髭剃りをあてるスキンヘッドの女性。ボロボロに剥げた漆喰の壁を背景に、膝の上に布をかぶせただけで小さな台の上に腰かけており、全裸の滑らかな肌が際立っています。正面を向いて腕を上げた姿勢をとっているために、胸が強調されているようにも見えます。スキンヘッドであるということや、髭を剃るというポーズは、モデルの性差を撹乱して印象づけると同時に、モデルの艶めかしさ、エロティックさをある意味強めて表していると言えるでしょう。

(図2)
ジョエル=ピーター・ウィトキン
「男と犬」
1990年

モデルの性差の攪乱ということを意識してこの作品を見るならば、布で股間が隠されているという状態から、ジョエル=ピーター・ウィトキン(Joel-Peter WITKIN, 1938-)の作品「男と犬」(図2)のモデルのような両性具有者で、布の下にはペニスが隠れているのでは、と想像を膨らませたり深読みをしたりする人もいるかもしれません。(ちなみに、この作品でモデルを務めたガビナ・ファロヴァという女性は、写真家として活躍しています。)
また、ヤン・ソーデック(Jan SAUDEK, 1935-)の出自――ユダヤ系だったために、第二次世界大戦中に家族の多くが強制収容所で殺されました――を念頭にこの作品を見るならば、背景の壁と剃り上げられた頭は、収容所という死と深く結びついた忌まわしい記憶を連想させるかもしれません。このように、ソーデックの作品は彼自身の出自や歴史、あるいは作品を見る人それぞれの内面に深くたくし込まれている物語に絡まって、想像力を喚起させる力を備えているように思われます。
ヤン・ソーデックの作品の特徴的な要素は、独特な画面の色調にあります。彼は、1970年代から白黒写真に着色を施すという手法で作品を制作しており、その色調は、初期のカラー写真技術オートクロームや19世紀の古写真や写真絵葉書で、人物の肌や洋服にほどこされていたような着色にも似ています。人工的な着色という手法により、写真に捉えられた情景は現実の時空間から、遠い過去や、物語やファンタジー、夢や内面の世界のような異次元の世界へと転換されています。
また、彼の作品を特徴づけるモチーフである漆喰の剥がれ汚れた「壁」は、閉塞感、抑圧、旧体制などを暗喩しているようです。このような壁を背後に、あるいは壁に囲まれた空間の中で、モデルたちは身体の一部を見せたり、あるいは裸になったりして、ポーズを取っています。モデルたちのポーズは、性的な欲望に結びついたものとして読み取られるようなものが多く、外の世界で表出することを禁じられた欲望が、壁の内側という限られた空間の中でのみさらけ出すことが許されたかのようです。
(図1)のように、一人のモデルのポーズとして女性性と男性性の混淆が表されていることもあれば、舞台劇の一場面のように複数の人の関係として表されることもあります。過剰なまでの演出や着色をほどこされた場面のなかには、ある種の滑稽さの域にまで達しているものもあります(図3)。このように、不条理演劇の一場面のように作り出されたソーデックの作品には、さまざまな深読みを誘い込むような要素が充ち満ちているのです。

(図3)
ヤン・ソーデック
「水辺で」
1987年

(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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