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小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」
第29回 マン・レイ「ジュリエット」  2013年1月10日
(図1)
マン・レイ
「ジュリエット」
1946年
ゼラチンシルバープリント
イメージサイズ:28.8x22.8cm
シートサイズ:29.8x23.8cm
裏にMAN REAY PARISのスタンプあり

伏目がちに正面を向いた女性。洋服とヘッドドレスを被った頭髪が白い背景にくっきりと浮かび上がって、端正な顔立ちを際立たせています。画面の左上から右下の対角線上に、鼻の頂点と胴体の軸が重なるような構図でポーズを取っていて、両手が画面の外に出て写っていないこと手伝って、静的で大理石の彫像のような硬質さが印象に残ります。
モデルになったジュリエット・ブラウナー(Juliet Browner, 1911−1991)は、マン・レイ(Man Ray, 本名Emmanuel Rudzitsky, 1890-1976)と1940年にカリフォルニア州のハリウッドで出会い、この写真が撮影された1946年に結婚しました。
マン・レイは、過去にモンパルナスのキキ(1901-1953)やリー・ミラー(1907-1977)、メレット・オッペンハイム(1913-1985)など、さまざまな女性と交際し、彼女たちをミューズとして作品を制作してきました。生涯の伴侶となったジュリエットもまた、マン・レイのミューズとなりました。彼は1941年から1955年にかけて彼女を撮影した写真50点を纏め、彼女へのオマージュとして「ジュリエットの50の顔」と題した本を刊行しています(刊行はマン・レイ没後の1981年)。彼は、ソラリゼーションや写真へのペインティングなど、1920年代から切り拓いてきた技法を駆使して、ジュリエットへのさまざまな表情を表現しています。写真の上に線描でドローイングをほどこした(図2)は、ジュリエットのくっきりとした鼻筋を印象付けるとともに、頭の後ろに腕をまわしているポーズは、アルフレッド・スティーグリッツが妻のジョージア・オキーフを撮影した写真(図3)も連想させます。

(図2)
マン・レイ
「ジュリエット」
1944年

(図3)
アルフレッド・スティーグリッツ
「ジョージア・オキーフ」
1932年

また、窓のブラインドを背景にジュリエットの横顔をとらえた写真(図4)は、マン・レイが1923年に制作した映画『理性への回帰』の中で、窓際に立つキキの胴体にカーテン越しの光が描く模様をとらえた場面(図5)を思い起こさせます。このように、マン・レイは長きにわたる制作活動の中で培ってきた写真表現をその時々のバリエーションを加味して展開しています。女性の魅力や美しさに惹かれ、情熱を注ぎ、さまざまな女性をミューズとして作品を作り続けてきたマン・レイだからこそ、多様な写真表現の地平を切り拓くことができたと言えるでしょう。

(図4)
マン・レイ
「ジュリエット」
1946年

(図5)
マン・レイ
「理性への回帰」
1923年

(図1)について付け加えるならば、冒頭で指摘したような画面の対角線に収めるような構図の作り方や、画面のコントラストを強調するような捉え方は、彼がファッション写真の中で培ってきた方法でもあります。マン・レイは1934年から1942年にかけてファッション雑誌『ハーパース・バザー』にて、ファッション写真、広告、ポートレートなど実験的な技法を用いて写真を発表していました。(図6)や(図7)のようにモデルの全身やドレスのラインを画面の対角線上に位置づけ、ライティングによりコントラストや輪郭を強調させる撮影の仕方は、誌面で読者の目を惹きつけるようなインパクトを備えています。

(図6)
マン・レイ
「ハーパース・バザー」誌面
1936年
レイアウト:アレクセイ・ブロドビッチ

(図7)
マン・レイ
「ハーパース・バザー」掲載
エリザ・スキャッパレリのドレス
1936年

(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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