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小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」
第31回 ジョナス・メカス「ウーナ、1歳...」  2013年2月25日
(図1)
ジョナス・メカス
「ウーナ、1歳...」
CIBA print
35.4x27.5cm
サインあり

(図2)
エドワード・マイブリッジ
「手の動作」

映像作家のジョナス・メカス(Jonas Mekas, 1922-)は、16ミリフィルムで日々の生活の場面を捉え、それらをもとに日記映画(diary films)と称されるような数々の映像作品を制作してきました。フィルムの断片をもとに制作された作品では、連続する3、4コマの画面が選び出され、数分の一秒の間に捉えられた場面のシークエンスを見て取ることができます。連続する画面に捉えられた仕草は、フレーミングやポーズをあらかじめ決めて捉えられたものではなく、撮影したフィルムをチェックしたり、編集したりする過程で偶発的に見つけ出され、掬い上げられたものです。(図1)には、メカスの幼い娘、ウーナ(Oona Mekas, 1974-、現在は女優や作家として活動)の小さな手が、わずかに動く様子が捉えられています。柔らかな陽光、水色のセーターの袖口、草の上に寝転がる様子は、戸外でメカスが娘と一緒に遊ぶ穏やかなひとときを思い起こさせます。
メカスの一連の作品のなかでも、(図1)のように人の仕草に焦点をあわせて撮影されたフィルムで制作されたものは、1870年代末にエドワード・マイブリッジ(Eadweard J. Muybridge 1830-1904)が撮影し、後に『アニマル・ロコモーション』(1887)として刊行された連続写真をも連想させます。マイブリッジは、人間や動物の動作を全身像として捉えるだけでなく、(図2)のような手を動かす仕草をとらえた連続写真も撮影しています。手の動作が、連続写真として捉えられ、時間軸上で分節されて捉えられることで肉眼では捉えられないような動作の側面が発見されたのです。連続写真は、科学的な調査、分析の手段として用いられるほかに、後に発展する映像技術の礎となりました。
メカスの映像作品は、マイブリッジの連続写真のような科学的な調査、分析としての目的や意図を持って制作されたものではありませんが、細部や微妙な変化を発見したり、観察したりすることに深く結びついています。一連の作品の中には、(図1)のような自分の娘を撮影したフィルムや、ジョン・F・ケネディ・Jr(ケネディ大統領の息子)(図3)を撮影したフィルムをもとに、制作されたものもあります。子どもたちを間近にとらえた映像は、すばしっこい動作や生き生きとした表情を垣間見せてくれます。また、映像に捉えられた子どもたちの姿は、視点やスケール感という点で、子どもたちの周囲の世界の様相を、新たに立ち上がらせてもいます。(図1)のように、細い草の葉をつかもうとする動作のなかで捉えられた草むらのスケール感は、大人がその視線や体で体験するものとは大きく違ったものとして立ち現れています。

(図3)
ジョナス・メカス
「水上スキーにでかけたその日、ジョンが船長を務めた、モントーク、1972年8月」
1972年 (Printed in 1999)
Type-Cプリント
イメージサイズ:49.1x32.3cm
シートサイズ:50.7x40.7cm
Ed.10
サインあり

(図4)
美希 1歳1カ月 2012年

私自身も現在幼い娘を育てるなかで、彼女の動作に見入ったり、観察をして写真や映像を撮ったりするなかでさまざまな発見をすることがあります。たとえば、(図1)のウーナと同様に、娘が1歳になったばかりの頃、桜が咲くころに散歩に連れて行った際に、地面に落ちている桜の花を無心に拾い集める様子を観察して撮影したのが(図4)です。娘の無心な仕草に目を惹かれると同時に、一つ一つ桜の花は娘の手には大きなものであることが新鮮に感じ取られました。メカスがフィルムの断片の中に捉えられたウーナの手を見て、私と同じように感じたことではないだろうか、と想像すると作品への親近感がぐっと増してくるのです。
(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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