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小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」
第32回 エドワード・スタイケン「Brancusi, Voulangis, France」  2013年4月10日
(図1)
エドワード・スタイケン
「Brancusi, Voulangis, France」
1922年頃(1987年プリント)
ゼラチンシルバープリント
33.2x27.0cm
Ed.100
裏にプリンターと遺族のサインあり

(図2)

(図3)

石壁を背に、ネクタイを締めたコート姿で正面を向いた男性。屋外の柔らかい日差しのもとで撮影されているためか、目と口は影の中に隠れていますが、頭をわずかに傾け、静かに鋭い視線を向けています。無造作な頭髪や顎髭、顔の皺が精緻に写し取られているために、背景の壁の質感と重なり合うようにして男性の朴訥とした存在感が引き立てられてもいます。このポートレート写真(図1)は、ルーマニア出身の彫刻家コンスタンティン・ブランクーシ(Constantin Bracusi, 1876-1957)をとらえたもので、パリの東北部にあるヴーランジという村で撮影されました。(図1)のほかに、同じ場所でわずかに顔の角度を変えて撮影されたもの(図2)や、木の幹を背景に撮影されたもの(図3)もあります。いずれも、肩の線から頭部全体を画面の中に収めるように間近な距離からとらえられ、表情や背景とのバランスを入念に考えてポートレート写真を撮影しようとしていた意図が伺われます。ヴーランジは、エドワード・スタイケン(Edward Steichen, 1879-1973 )住居を構えていた場所であり、その庭や周辺の情景を写真に撮ったり、絵画に描いたり、友人の芸術家たちを招いたりもしていました。スタイケンにとってなじみ深い場所でブランクーシを撮影したということからも、彼らの間の親しい関係を窺い知ることができます。
彼らの交友関係には、スタイケンがアルフレッド・スティーグリッツ(Alfred Stieglitz, 1864−1946)との活動が大きく関わっています。スタイケンは、スティーグリッツとともにニューヨークで、ピクトリアリズム写真を標榜する写真グループ、フォト・セセッションを結成し、スティーグリッツが1905年に開設したリトル・ギャラリー・オブ・フォト・セセッション(通称291ギャラリー)にも協力しました。スティーグリッツは、写真家として活動する傍ら、ヨーロッパの前衛芸術を紹介する大規模な展覧会アーモリー・ショー(国際現代美術展 1913)の企画に関わるなど前衛芸術運動の紹介者となり、翌年1914年には291ギャラリーでブランクーシの個展を企画・開催しました。展覧会の会場写真(図4)からは、「眠れるミューズ」や「ポガニー嬢」のようなブランクーシの代表作が展示されていたことが解ります。

(図4)
291ギャラリーでのブランクーシの個展
フォト・セセッションの機関誌『CAMERA WORK』No 48,(1916)掲載

スタイケンが291 ギャラリーや『CAMERA WORK』で発表した作品の中には、交遊のあった芸術家のポートレート写真やその作品を捉えたものが多くあります。「ロダン 考える人」(1902)(図5)は、スタイケンがピクトリアリズム写真を追求していた時期の代表作と言うべきものであり、二つのネガを組み合わせて制作されたこの作品は、光と陰のダイナミックなコントラストや絵画的な画面の効果が印象的です。

(図5)
ロダン 考える人(1902)
『CAMERA WORK』No 11,(1905)掲載

291ギャラリーは1917年に閉廊、フォト・セセッションの活動もその頃には終息し、スティーグリッツ、スタイケンはともにストレート写真へと転向していきました。ブランクーシのポートレート写真(図1、2、3)は、スタイケンが第一次大戦従軍の後にファッション写真などにも取り組むようになった頃に撮影された写真であり、ピクトリアリズム時代の写真とは趣を異にしています。このポートレート写真以外にも、スタイケンは1920 年代にブランクーシのスタジオの内部を撮影したり(図6)や、スタジオで制作に取り組むブランクーシのポートレート写真を撮影しています。「空間の鳥」や「無限柱」のような、1920年代に精力的に制作されたシリーズ作品が無造作に置かれたスタジオは、それ自体が一種のインスタレーション作品のようにも見え、スタイケンは、それぞれの作品の素材や形状をスタジオの光の中で精緻に写し取り、画面全体の構図を作り上げています。
「ロダン 考える人」(図5)と(図6、7)を比較してみるならば、絵画的な効果を追求していたピクトリアリズムの作品としてとらえられた具象的な彫刻作品と彫刻家のポートレートと、ストレート写真としてとらえられた抽象的な彫刻作品と彫刻家のポートレートの間に時代と芸術様式の変化を感じ取ることもできます。(因みに、ブランクーシはロダンに影響を受け、ロダンの工房で一時期働いていたこともありました。)

(図6)
ブランクーシのスタジオ(1920)

(図7)
スタジオでのコンスタン・ブランクーシ(1927)

(こばやし みか)

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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