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太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」
第7回 2021年4月12日
未来派宣言ノススメ

太田岳人


先月、立命館大学衣笠キャンパスにおいて「イタリアにおけるモダンとアヴァンギャルドの相克:未来派の宣言文を読む」と題するシンポジウムが開催され、私は発表者の一人として京都に赴いた。参加者はいずれも、未来派および20世紀イタリアにおける諸ジャンルの芸術を専門としており、それぞれが自身の観点から、未来派の代表的な宣言を一つずつ取り上げ発表した。コロナウイルスの影響により、観覧希望者に対してはオンライン公開のみとなったものの、各人の詳しい発表の内容は、主催者である同大学の「国際言語文化研究所」の紀要にも掲載される予定である。

さて、シンポジウムの趣旨説明にもある通り、未来派には「宣言文が起点となり、実際の創作活動が展開されるパターン」があり、そうした宣言文が「ときに実践を凌ぐインパクトをもつ」傾向を有している。それでは、未来派の30年以上にわたる歴史の中で、そうした宣言のテキストはどれほどの量が存在したのだろうか。この疑問は、シンポジウムの中ごろで、司会の土肥秀行氏が発表者の5人に対してふと発したものだったが、意外にもその場では誰もうまく数字が出てこない。私は「少なくとも400点以上はあるのでは」と言った。この数字は、未来派の人々が公表した一枚ビラ・パンフレット・展覧会カタログを、当時の姿で復刻し4つの大きなボックスに納めた、1980年代の資料集の収録点数がそのくらいだったという記憶から出てきたものである【注1】。しかし後日、未来派についての最新の大規模資料集である「新未来派アーカイヴ」シリーズの一冊として、一昨年イタリアで刊行された「綱領的宣言集」の巻【注2】を見直すと、そこには900点以上の有名無名のテキストが宣言として収録されている。

こうした未来派の宣言は、時にあまりにも野放図に出されている感は否めず、内実を見ると玉石混交ではある。理論的指導者であるマリネッティのものに限っても、カラ元気ばかりが目立ち、すでに書かれた宣言の焼き直しになっているものもたびたびある。しかし私には、様々な歴史的前衛芸術の中でも、宣言が運動に参加する個人の間で相互に浸透しあい、数を増幅させていく未来派特有の様相が、非常に面白く感じられる。たとえばマリネッティの「未来派創立宣言」に、ボッチョーニやカッラのような画家たちが呼応し、「未来派画家宣言」「未来派画家技術宣言」などが共同名義で提出される。1920年代以降、運動が大都市から地方都市に浸透する時期には、「中央」の宣言に対し「地方」の小グループが応答するようなことも起き、それにまたマリネッティが別の言説を重ねていく——未来派の運動としてのダイナミズムは、宣言の乱発とも軌を一にしているということである【図1】。

202104太田岳人‗図1:著者の書棚より図1:筆者の本棚、未来派の宣言集および各々の芸術家たちの文章選集の置き場。
※筆者による撮影。

マリネッティは運動の初期から、自身の盟友たちに未来派的な宣言の書き方を指南する手紙を送っており、こうした彼の「宣言魔」とでも言いたくなるスタイルは、後年の活動でも徹底している。私はシンポジウムで、1928年から31年ごろにかけて成立した「未来派航空絵画宣言」というテキストを取り上げたのだが、この宣言は作家ミーノ・ソメンツィ(1899−1948)の未発表草稿【図2】を、マリネッティが勝手に手を加えて自分の名義で発表したことで、初めて世に出たものである【図3】。現在の我々なら「盗作」という言葉を意識するであろうし、一時は本当に当事者間でのひともんちゃくが起こったという。それにもかかわらずこの宣言は、マリネッティとソメンツィの2人に加え、他の未来派の主要メンバー7人の署名を加えた9人のものとして再発表されて以降、1930年代の芸術運動総体に影響を及ぼす指針となる。飛行という行為、また飛行が人間にもたらす感覚を霊感源とすることを謳った「航空絵画(aeropittura)」を提唱する宣言は、「航空(aero)」という言葉を冠した「航空詩」「航空建築」「航空陶器」などの、新しい宣言と実作品をさらに生み出していく、サイクルの起点となったのである。

202104太田岳人‗図2:ソメンツィ手稿「航空絵画と航空彫刻」図2:ソメンツィのタイプライターによる手稿「航空絵画と航空彫刻(未来派技術宣言)」(部分)、1928年ごろ(トレント・ロヴェレート近現代美術館、20世紀アーカイヴ)
※Matteo D’Ambrosio, (a cura di), Nuovi archivi del futurismo. Manifesti programmatici: teorici, tecnici, polemici, Roma: De Luca, 2019より。

202104太田岳人‗図3:図3:マリネッティ「新しいイタリア芸術の世界における最初の肯定:航空絵画」(部分)、『ジョルナーレ・デッラ・ドメニカ』1931年2月1−2日号
※Matteo D’Ambrosio, (a cura di), Nuovi archivi del futurismo. Manifesti programmatici: teorici, tecnici, polemici, Roma: De Luca, 2019より。

日本でまだまだ未来派についての認知が薄いことは、日本語で読める原典としての宣言類の紹介の量的少なさにも起因していると思われる。1986年にヴェネツィアで大規模な未来派の回顧展が開かれた前後などで、『美術手帖』や『ユリイカ』といった雑誌が未来派の特集を組み、何本かのテキストの全訳や抄訳を掲載した事例もあるものの、いまもって未来派の宣言に関する最大の邦訳アンソロジーとなっているのは、1992年にセゾン美術館ほかで行われた「未来派 1909−1944」展のカタログである。このカタログに厳選された15本の宣言は、運動の基本的理念と様々な芸術ジャンルへの広がりを知るうえで、今なお基礎となる。しかし、私が大学院生の時代に英語圏で出版された、マリネッティの文章や未来派宣言の新しいアンソロジー【注3】は、いずれも60−70本にのぼる宣言類を収録していることを考えると、そろそろ15本の紹介だけではもの足りないであろう。

実のところ近年、未来派に関心を持った研究者の中には、大学紀要のような媒体を使って、何かしらの宣言の全訳なり部分訳なりを自ら新しく試みる動きがある。私も2014年、早稲田大学における20世紀演劇の研究プロジェクトに協力者として参加した際は、未来派の演劇に関する重要テキストの訳出にたずさわった(出来にはまったく自信はないが)【注4】。また、シンポジウム終了後のささやかな喫茶会において、発表者の一人である池野絢子氏は、日本の現代アーティストやそれを支える批評家の一部にも未来派への興味は確実に広がっているとして、実際にそうした人々の著作に宣言の新訳を提供する機会があったことを紹介してくれた。かつて国書刊行会から出された、ロシア・アヴァンギャルドに関する全8巻もの資料集に匹敵する——とまではいかないにせよ、日本語で読める本格的な未来派宣言集の需要は、十分にあると私は確信している。
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注1:Luciano Caruso (a cura di), Manifesti, proclami, interventi e documenti teorici del futurismo, 1909-1944, 4 volumi, Firenze: SPES, 1980. かつて私のお会いしたある研究者の方は、この資料集を自ら所有し、マルセル・デュシャンの「グリーン・ボックス」ならぬ「未来派箱」と呼んで珍重していた記憶がある。

注2:Matteo D’Ambrosio, (a cura di), Nuovi archivi del futurismo. Manifesti programmatici: teorici, tecnici, polemici, Roma: De Luca, 2019.  この資料集は、650頁以上の印刷された本体に、そこに収まらなかった400頁分以上のデータを収めたCD-romがセットになっている。解題の部分はすべて伊英二か国語となっていて、イタリア国外の読者の便宜も図られている。

注3:F. T. Marinetti (ed. by Günter Berghaus), Critical writings, New York: Farrar, Straus and Giroux, 2006; Lawrence Rainey, Christine Poggi and Laura Wittman (eds.), Futurism: an anthology, New Haven and London: Yale University Press, 2009.

注4:このウェブ上の翻訳については、たびたびイタリア研究者の方から「あなたの翻訳を見ました」と言われるのだが、その翻訳の出来については憐れまれているのか、誰からも論評してもらった覚えがない。

おおた たけと

太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」は偶数月の12日に掲載します。次回は2021年6月12日の予定です。

■太田岳人
1979年、愛知県生まれ。2013年、千葉大学大学院社会文化科学研究科修了。日本学術振興会特別研究員を経て、今年度は千葉大学・慶応義塾大学などで非常勤講師の予定。専門は未来派を中心とするイタリア近現代美術史。
E-mail: punchingcat@hotmail.com

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