太田岳人のエッセイ「よりみち未来派」 第15回 2022年8月12日 |
マリネッツィさん、ミドルネームの“m”はいくつですか?
太田岳人 最近、故あって日本語に翻訳された様々な未来派宣言の翻訳を集めている。私が大学に入学した20世紀末なら、1992年に開催された『未来派 1909−1944』展のカタログの文献一覧から、一つ一つあたっていく他はなかったであろう。しかし2000年代に入ってからは、第二次世界大戦以前の美術書や美術記事の復刻版が、特にから複数の叢書の形で刊行され始めたおかげで、古い情報にもアクセスしやすくなった。それらに横断的に目を通せば、たとえば1910年代という早い段階において、高村光太郎、有島生馬、木村荘八といった文化人たちが、それぞれ未来派について翻訳や批評を行なっている状況を読み取ることができる。と同時に、そこでの議論や紹介のあり方が、なかなか即断的・断片的になされているのもよく分かる。 1909年2月の「未来派創立宣言」に登場する11か条のスローガンの内容をいち早く日本人読者に紹介したのは、森鷗外の『椋鳥通信』であったことは比較的よく知られており、その「世界的な速さ」もしばしば言及されているところではあるが、そもそもこの最も基本的な「創立宣言」全体の翻訳についても、神原泰(1898−1997)の1920年代の仕事までなされてこなかったものである。神原は、1910年代後半から1920年代末にかけての時期に、日本の絵画・詩文の前衛運動の流星と言うべき人物であった【図1】。「アクション」のような芸術グループでの活動のみならず、アテネ・フランセや東京外国語学校でそれぞれフランス語とイタリア語を学んでいた彼は、当時未来派の研究と紹介にも没頭し、イタリアとコンタクトを取りつつ一連の著作を残した【注1】。戦災を免れた彼の収集資料は、現在大原美術館に保存されている【注2】。 図1:神原泰《マリアとキリスト》、1923年(キャンバスに油彩、116×91cm、東京都現代美術館) ※ 井関正昭『未来派 イタリア・ロシア・日本』(形文社、2003年)より。 私が20代の時、神原の未来派についての論考の集大成である『未来派研究』(1925年)【注3/図2】を、上記の復刻版で流し読みした際は、「マリネッツィ」や「ボッチョニイ」のような時代がかった人名表記や、その熱量の高さを何となく眺めただけであった。しかし本書を再読して気づかされるのは、未来派の個々の宣言のエッセンスである(として、安易に扱われがちな)箇条書きのキャッチーな抜粋ではなく、それぞれの文書を原資料として訳出することに努めている神原の姿勢である。彼は『未来派研究』の「序」でこう書いている。 芸術研究には二つの途がある。/一は内容を直接に批判する事による価値の研究で、二は歴史的考察に基づく事実の確定である。/この本は、第二の目的の為めに今後不定期に描かれる未来派研究の第一巻をなすものである。/事実は論議に先立ち、鑑賞は理解に続いて来ると信ずるからである。 図2:神原泰『未来派研究』表紙 ※ 西野嘉章『前衛誌:未来派・ダダ・構成主義 日本編』第2巻(東京大学出版会、2019年)より こうした方針に基づいた書籍に収録された、未来派の歴史・詩文・演劇などに関する論考群は、いずれも個々の未来派宣言や作品の翻訳を大幅に織り込んでいるが、それらとは別に独立した「未来派宣言書八編」のパートも設けられ、1910年から23年までに発表された未来派の7編の宣言【注4】の全訳が用意されている。「全訳」といっても一字一句ということではなく、やはり一部の省略は存在しており、そうした省略を加えたことについても明示はされていない。しかし神原はそうした操作を行なう場合でも、宣言の内容の1割以内にとどめており、イタリアでも知られていなかったであろう未来派の大勢のメンバー名の列挙や、同書に別の収録されている別の宣言のフレーズの再掲といった部分のみに限っている。これによって、未来派特有の感覚を伝える一種の大言壮語や饒舌な語りの世界の総体が、非常に忠実に再現されることになる。 また、本書で代表的な未来派の絵画論として取り上げられるのは、1910年4月のフランス語版「未来派画家宣言書」(Manifeste des peintres futuristes)であり、同時期にイタリア語で発表され、現在ではより取り上げられることの多い「未来派画家宣言」「未来派絵画技術宣言」の方ではないが、その理由として神原は「前者が後二者の綜合とも考え得る」し、フランス語の宣言の方が今日でも主に印刷されているからである、としている。こうした記述からは、単なる早熟の俊才という域にとどまらない、神原独自の史眼とでもいうべきものによる、取捨選択の感覚がうかがえる。 当時としては珍しい、いわば歴史学的な「資料をもって語らせる」ような神原の姿勢が、ある意味ほほえましさと合わせて感じられるのは、『未来派研究』の最後に補遺として置かれた「未来派雑録」中の小文「マリネッツィの名について」である。「以前からマリネッツィをフルネームで云う時はフィリッポ・トンマッソ・マリネッツィと呼んで来た」神原は、彼に関する複数の評伝的記事を読むうちに、マリネッティに次ぐ未来派詩人であったパオロ・ブッツィ(1874−1956/神原の表記では「ブッヂ」)が、「フィリッポ・トマッソとmを一つ少く綴って居る」ことに気づく。「それで気になるので直接マリネッツィに聞いて見たら、一九二四年一月七日附で<私の名はフィリッポ・トンマッソ・マリネッツィです。然し私はエッフェ・テ・マリネッツィとして世界中の出版物では知られて居ます。>と教えて下さった」と、神原は読者に報告している。 問題自体は他愛のないもので、要するに彼のミドルネームは「Tommaso」か「Tomaso」かという話である。Tommaso(現代では「トンマーゾ」)はキリスト教の聖トマスに由来し、によれば、現在でもイタリア人の名前のベスト10に入る名前であるとともに、そのヴァリエーションとしてTomasso(「トマッソ」)やTomaso(「トマーゾ」)といった名前も実際に存在している。この辺りは、単なる表記揺れや誤植の類として無視してもよさそうなものだが、実は神原はこの「m」の数の問題について、『未来派研究』の数年前に刊行した、マリネッティの戯曲の訳書『電気人形』(1922年4月)の「註解」ですでに言及していた。神原が1924年の初頭に返信をもらったということは、1年以上も自分でこの理由を、あるいは直接うかがいを立てるか否か自体を考えた末に、この問いを発したということである。 マリネッティの側は、自身のミドルネームは名字と一緒にまとめて「F.T.」(「エッフェ・ティ」)と、自分がよく書くサインのように略してくれればよろしいとしており、そもそも「m」の何が問題なのかといぶかしく思ったかもしれない。しかし、こうした東洋の若者の熱心さ自体には、悪い印象を抱かなかったことであろう。神原は『未来派研究』に続き、ボッチョーニを中心とした研究の続編を書くプランを抱いていたものの、日本社会と自身の芸術観の変化もあって、それを書くことはついになかった。しかし、彼の熱意のみならない一種の研究者的な姿勢は、そうした著述に最もふさわしい書き手足りうるものでもあった。 ――――― 【注】 注1:第二次世界大戦以前の神原の著作のうち、『未来派研究』(1925年)はゆまに書房の『海外新興芸術論叢書 刊本編』第8巻(日高昭二・五十殿利治監修、2003年)に入っている。また、『電気人形』(1922年)から『フューチュリズム・ダダイズム・エクスプレツシヨニズム』(1937年)までの著作の多くは、同出版社の『コレクション・モダン都市文化』第27巻(「立体主義と未来主義」、石田仁志編、2007年)および第28巻(「ダダイズム」、澤正宏編、2007年)の二冊に収録されている。本稿の執筆にあたっては、筆者はいずれも復刻版を使用している。神原についての書誌学的研究としては、これらの解題と合わせて、西野嘉章『前衛誌:未来派・ダダ・構成主義 日本編』全2巻(東京大学出版会、2019年)も参照されたい。 注2:大原美術館(編)『大原美術館 神原泰文庫目録』(1990年)。後年の神原は『ピカソ礼賛』(岩波書店、1975年)につながるピカソの資料収集をもっぱらとしていたため、文庫全体に占める未来派関係の書籍の割合は大きくないものの、神原と未来派の接触が1930年代後半まで続いていたことをうかがい知ることができる。 注3:以下、『未来派研究』の引用にあたっては、漢字と文章を現代仮名遣いに改めた。 注4:本書の目次には、「宣言書八篇」の冒頭に「未来派宣言書」(現代では「未来派創立宣言」)の名前が出ているが、この宣言はすでに前著『藝術の理解』(1924年)に収録していたため、重複をさけて結局は再録しなかったとされている。 (おおた たけと) ・太田岳人のエッセイは偶数月の12日に掲載します。次回は2022年10月12日の予定です。 ■太田岳人 1979年、愛知県生まれ。2013年、千葉大学大学院社会文化科学研究科修了。日本学術振興会特別研究員を経て、今年度は千葉大学・東京医科歯科大学で講義の予定。専門は未来派を中心とするイタリア近現代美術史。E-mail: punchingcat@hotmail.com 「太田岳人のエッセイ」バックナンバー |
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