杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第2回 2016年05月10日 |
第2回 新アトリエ 今年二月に新しく引越した地上4階、地下1階建てコンクリート造の新アトリエ(というよりも規模からして事務所ビル)は今までのズントー建築とは異なった外観を持っています。 1986年に発表された木造アトリエの2cm角木材を一定間隔で並べた外観は、親鳥が小枝を集めて丁寧に作った巣のような優しく守られた印象を与え、中庭に面しては大きく解放した木枠の開口部と夏の日差しを遮るロールスクリーンを備えたとても実用的なデザイン。 一方で新アトリエは「大きく解放した木枠の開口部と日差しを遮るロールスクリーン」という言語は同じであるものの、前者とは違ってとっても大胆に語られています。木造アトリエの図面は細いペンで何度もラインを描いたような繊細さと緻密さがあり、新アトリエは太ペンでささっとスケッチできてしまいそうな簡単さ、ラフさがあります。(もちろん実際にラフにできているわけではありませんよ笑) 別の言い方を探せば、どういうプロセスで建築ができたのか一目見れば簡単にわかってしまうような作られ方をしていると言えるのかもしれません。 ピーターズントーという人の建築は、1980年代に発表された有名なベネディクト教会のモノクロ写真(Hans Danuserによる撮影)によって一躍世に知られ、建築の素材を光によって、同時に光を素材によって一層引き立てたことで彼の建築家としてのスタンスを獲得したと、解釈することができます。そして彼の建築は素材感があって繊細な雰囲気がある。と形容されています。 ただ僕が最近思うのは、選択している素材(マテリアル)自体が繊細な素材感(テクスチュア)を持っているのであって、数多くの選択肢の中から必要な素材を選び取り、そしてそれらを組み合わせる感覚能力が研ぎ澄ませれているのであって、建築自体は実は非常に良い意味でざっくりと、出来るだけシンプルにできていることが多いです。複雑な構成を好まず、また新しい構成を求めることに凝りすぎたり、タイポロジー操作をすることもあまりありません。 さて話を戻します。 最新作であるこの(敢えて凡庸な言葉で呼ぶ)自社ビルは、今まで彼の設計した建築の中でも最もガラスが強調され外と内のつながりがのある建築です。 非常に簡単にできたいわゆるドミノ式のコンクリート躯体に、重厚で存在感のあるくるみ材木枠のガラスファサードが取り付き、足元から天井までこれ以上ない視線の通りを持っています。各階のスラブは端部で立ち上がり、少し低いベンチとなって終えます。このベンチの存在によってオフィス空間の領域が設定され、どこか安心感を与えてくれると同時に、内蔵された温水ヒーターが窓際のコールドドラフトを防ぎます。 内から外を眺めるとその木縦枠だけが見えるため、各フロアで働いていても上の階、下の階の存在を感じ、あくまで自分は建物の一部にいる。という印象を与えてくれます。そのため、4階建ての建物を20階建てくらいの建物として勘違いしてしまうこともあります。(それは言い過ぎですね笑) またこの縦枠は枠というよりも無垢柱のような大きな寸法を持っているので、オブジェクトとしても十分な存在感、視覚的効果を持っています。 僕は訪れたことがないのだけれど、ファンズワース邸を内から眺めたら、こんな感じなのかな。と思ったりしています。 もし各フロアの窓枠がそれぞれの階に収まっていたら、当然木枠の断面寸法も小さくなってその存在感が薄まっていただろうし、フロア毎に完結した広がりのない印象を与えていたかもしれません。 先日は元オルジアティ事務所員Aを案内し、彼はとても気に入ってこう話していました。 「実はオルジアティも何度もこういった構造とファサードの関係を試そうとしていたものの、残念ながら実現するチャンスがなかった。こうして実現したものを見ると、想像以上の効果があると思う」 小さな斬新さは実現してその効果を存分に発揮します。 近隣に面したファサードまで大きなガラスでできているため、東京の現代住宅事情にあるような「隣の家の室内が見える」という少しハラハラした現象が起こります。ここハルデンシュタインでそういったことを体験するなんて思ってもいなかった。しかしそれは日本の1mに満たない近さではなく3mくらいある近さであり、その中途半端な距離が妙に生々しく相手の家を覗いているようなちょっぴり罪悪感を感じてしまった。のは始めだけ。その中途半端な近さが、見える風景の客観性を強化してピクチャレスクとはこういうことかと感心しています。 隣の住人はこの3mを利用して駐車しています。日本の土地所有感覚とは違い、どこからが僕たちの、お隣さんの土地なのかわからないような共有のされ方が僕はとても気に入っています。 最後に外観をもう一度。 この地上階部分の庇。はじめは木ではなく、スチールでできたハシゴのようなストラクチャーで設計されていました。そして、原寸のモックアップが取り付けられてからピーターの強い意志で急遽デザイン、素材変更となったのです。 僕はこの不躾けな組み合わせ、木でできたボックスと波板鋼板の取り付き方、があまりにも大胆すぎてあまり好きではありませんでした。ただこうして時が経って毎日何度となく見ていくうちに、この木の視覚的な重さが地上階になければ、この自社ビルのふっと空に飛んでいきそうな華奢で頼りなくもあるプロポーションを抑えることができなかった。と考えるようになりました。つまりこれがスチールであったならば視覚的には軽く、この自社ビル全体が空に向かって立つシャープペンシルのようになってしまっていた。この木のボックスのおかげでファサードとの関係も、地上との関係も保つことができたのだと思います。 次回はヴェネチアビエンナーレ建築展の様子を見ていこうと思います。 (すぎやま こういちろう) ■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA 1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。 在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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