杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第3回 2016年06月10日 |
第3回 The hand is back. 先月28日に一般オープンした第15回ベネチア建築ビエンナーレはズントー自身がdezeenのインタビューで答えているように「手仕事による建築」が多く見かけられました。 僕は初めてこの国際建築展を訪れたので昨年までの様子がわからず比較の仕様がないのですが、比較的大きな建築インスタレーションを現地で自ら作っている建築家を多く見かけたのは、もしかしたら珍しいことだったのかもしれません。 僕たちズントー事務所は、LACMA (Los Angeles County Museum of Arts) 新館計画の展示をしました。 LACMAは事務所内で最も規模の大きなプロジェクトで、僕がアーカイヴとして知っている限りでも2008年前後から計画をスタートし、2023年にオープンの予定で進められています。 今回の展示ではその美術館の一部を1/10スケールモデルで展示し、合わせてロサンジェルス在住のファッションデザイナー、アーティストで日本でもよく知られているdosaのChristina Kimさんとコラボレーションしています。彼女の作品は、ココナッツの殻を煮詰めて繊維を染色するなど廃棄されてしまうものを再利用して制作されています。 大きな展示室の中に建築モデルを囲むよう曲線を描いたステップが設置され、その両側に丈の異なる200着のワンピースたちが、色とりどりのテキスタイルをまとってアレンジされています。そのテキスタイルの生地の厚さによって、ワンピースが透けて見えたり見えなかったり。光と素材のバリエーションを生み出します。これらの艶やかな色の由来は、LACMAコレクションの中でも多くの割合を占める古代アメリカ、LAで大きなコミュニティのあるメキシコ、Christinaさん自身のルーツである韓国、そしてベネチアからインスピレーションを得て制作したと語っていました。 この並べられたテキスタイルのそれぞれは、美術館収蔵庫にある膨大な量の収蔵品を象徴し、こうして密に並べられオープンに展示される実際の建築プロジェクトのコンセプトを表しています。 1/10スケールの巨大なモデルは、全長5m x3mx 2.5mくらいの大きさがあり4つのパーツからなっています。ズントー事務所にはしっかりした工房スペースがあるのですが、さすがにこの大きさを制作するだけの空間的余裕はありません。ということで外部発注です。 スイスにはModellbauという職業があり、それを学ぶための職業訓練学校もあります。その訓練を受けた職人たちは、比較的小さなスケールの模型から大きなCNCマシンでカットする木金属加工品まで扱い、実際の建築では特殊な形態のコンクリート型枠なども制作します。その模型職人(クラフトマン)たちの力を得て工場生産されたパーツを、ビエンナーレ会場で2週間ほどかけて組み立てました。 1/10スケールの建築模型は、ブラックMDFを斜め継ぎして小口が現れないようにすることでマッシブな量感を与え、表面にマットなラッカー仕上げをし、またベネチアの湿気対策として、部分的にワックスがけをしています。コンクリートでできていると多くの人が話していたのは、こちらとしては嬉しい勘違い。笑 もちろん実際の建築はコンクリート造です。。。 内部のギャラリー空間の床は、美術品を象徴するように金箔を貼ってトレジャーボックス(宝箱)のような表現にしています。鈍く反射する建築の仕上げと展示物を守り内外を隔てるガラスは、四方の風景を映し出して展示空間に予期せぬ現象を生み出します。 ズントー事務所では、建築の仕上げを自分たちの思うようにするため、自分たちでサンプルスタディを作ります。そしてそのサンプルを外部発注先に見せレシピを共有し、防火防水性能をクリアするよう多少の改良は施されるものの基本的に同じものを作ってもらいます。が、今回の仕上げについてはこちらの希望する仕様が納得のいくクオリティで制作されず、結局大半を自分たちで仕上げることになりました。 全体の展示計画としては、実は一ヶ月前まで1/12スケールの別案で進めていたのですが、どうも展示空間とのプロポーションがおかしいという話になり、直前になってデザイン含めゼロから考え直しをしています。ギリギリになって変更するのは冷汗ものですが、最終的に出来上がるとあの段階で変更できて本当に良かったと思えます。ズントーはこうしたスケールの感覚にとりわけ敏感です。 僕はこう考えています。彼の建築は比較的ありふれた事柄をテーマにスタートして、終える。特別に肩を張ったアクションを狙っていません。しかし結果的には見かけからして特別なものに出来上がることが多い。それは彼が素材感覚、それらを組み合わせる能力に長け、プロポーションの決定に説得力があり、光の扱い方をよく知っているから。 ある意味でありきたりな建築言語だけで建築を素晴らしいものにしてしまうのは、特別なロジックがないという意味で一番簡単なようで、その感覚を真似することができないという意味で一番難しいこと。ではないでしょうか? さて、スイス館ではクリスチャンケレツが"Insidential space"というタイトルで彫刻のような空間を展示していました。 展示物を初めて見た時は白い泡の塊のように見え、どうやらパラメトリックに生成された彫刻、空間模型だと早々に勘違いしてしまいましたが、しかしよく見るとコンピュータでデザインされたような規則性はなく、ぐしゃぐしゃとした塊のように見えます。制作者の話によれば、学生チームが半年以上の間ずっと様々なマテリアル(スタイロフォーム、ソープ、石膏、ワイヤーなど)を用いて半ば無意識に塊を作り、それを元に型(ネガティブモデル)からできる空間をチェックしていった。300個くらいのスタディ模型を制作した後、投票をしながら民主的にその模型の良い部分や空間を見出し話し合い、何個かを選び出してスケールアップしたモデルを作り、3Dスキャンをして多少シンプルにするための修正を行って作った。ということ。興味深いスタディです。 最終的にはスイス館の内部空間に収まるように、また入って空間を体験できるように24倍拡大されています。 面白いことには、無意識に作っていった塊を評価していきながらも、あくまで過剰な意識をもって作り込み過ぎないラフさを残し、それをただそのまま拡大することで空間を実現したということ。 ここでは、小さなスタディ模型は計画する建築を紹介/説明するためのツールではなく、むしろこの小さな模型を紹介するために24倍の拡大模型を作った。とも言えそうです。世の中には住宅を施主に説明するために小さな模型を作って表現する建築家はいますが、小さなモデルを完成させるために大きなモックアップでスタディする人はいない。でもそれをやったら、面白い結果になりそうだぁ。と変なことも考えてしまいました。(金銭的には面白くありませんね) 他にはスイスのイタリア語圏建築学校メンドリジオの学生を引き連れて二週間ワークショップをしながら展示作品を制作したスタジオムンバイの作品。門のような倉庫のような作品は(まだ新鮮な!!)牛の糞を塗りつけて壁を作り、乾燥させて強度を持たせていました。なんでもインドから牛糞を輸送しようとしたら臭いがキツ過ぎてできず、止む無くイタリアで調達した笑。とか風の噂がありました。制作中はものすごい臭いを醸し出していたので、隣のブースでなくて良かった。と心の底から思うほど側を通るのも憚られたのですが、乾燥している完成物からは全くと言っていいほど臭いを感じません。おそらく多くの訪問者はただの土壁だと思って「この素材感いいなぁ」なんて確かめながら触れていることでしょう笑。 個人的にはクレーモデルを出展していたCecilia Pugaがコンパクトながら魅力的でした。 次回はルドルフオルジアティの建築を見ていこうと思います。 (すぎやま こういちろう) ■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA 1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。 在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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