ときの忘れもの ギャラリー 版画
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第4回 2016年07月10日

第4回 2つのブレゲンツ。

今回はルドルフオルジアティの建築について綴ろうと思っていましたが、
クリストの新作にと考え直し、戻ってズントーのブレゲンツにある2つの美術館について書こうと思います。

平日に有給を取り、クールからブレゲンツまで電車で約1時間半。
ブレゲンツ美術館は僕が学生時代にインターンをしていた事務所(Bosshard Vaquer Architekten)のボスが、ズントー事務所時代に担当していた作品です。何度か足を運んだことがあったものの、最後に訪れたのは2年前。確かWerkraumができて間もない頃でした。



Werkraum(ヴェルクラウム)は、ブレゲンツ駅からバスで約40分。車なしでこの地域を訪れた人にとっては、ここへ来るという目的がなければなかなかアクセスしづらい場所にあります。
建物については、ミースファンデルローエのナショナルギャラリーにそっくり。という意見が多く、一見するとそう感じざるを得ないところもあります。設計担当者に話を聞いてみると、ミースのそれをとりわけ意識して設計していたわけではないけれど、度重なるデザイン変更をしていくうちに最終案段階になってなんとなく似た印象になった。つまり、あるデザインの方向性を突き詰めていくと、建築にも正当な解というのがあり得るかもしれない、という事実に驚いたそうです。
こう書くと、なんだか言い訳のようにも聞こえなくもありません。実際に見ていきます。

まず、この建物は美術館というよりは展示ホールに近い形態を持っています。
この地域一帯(Bregenzerwald)の職人たちの作品を常設展示、販売し現在はズントー自身がキュレーションをしてHandgemacht(手製、手作りの)という展覧会が行われています。
展覧会と言っても、企画展示スペースは広くはありません。黒い遮光カーテンで仕切られたその空間に、少なくない映像作品が映し出されています。それらはモノクロで様々な職種の人たちの手の辺りのみを記録したものです。
例えば石工がレンガを積んでいる作業。陶芸家が器を作っている様子。子供が積み木で遊んでいる場面から、美容師がパーマをかけているところ、指揮者の手の動き、アイパッドを打つ手などもありました。
人の顔が見えず映像に色彩がないということだけで、ちょっとした手の動きが非常に引き立ちます。パーマをかける美容師さんが、いかに手際よく仕事をするのか、マッサージ師がどうやってツボを探るのか。そんなに珍しくないよく見かける様子、知っていたようでよくよく考えてみたら、全然注意して見ていなかった。一挙一動に注目せざるを得ません。



雑誌(archithese 1.2014)を見ていた時には、広い大地にドカンとしたミースのナショナルギャラリーを思わせるようなテンプル(寺)が建っていると思っていたけれど、しかし実際は車の往来のある道路沿いに迫って建っている、カッコいいガソリンスタンドのようにも見えます。
この地域は近くに鉄道駅がなく、僕がここへ訪れたように公共交通は専らバスです。そのため建物を挟んで道路の反対側は大きな駐車場になっており、自動車で訪れることが前提になっています。そのプログラム(地域に根ざした様々な分野の職人さんたちの作品を展示・販売する場)から、地域の特産物を売っているドライブインのような感じもある。



中に入ると高い天井の落ち着いたワンルームです。屋根は木造、コアがコンクリートでできており、これら建築のほとんどが地元の職人たちによって作られています。つまり、建築自体が職人たちの作品になっているというわけです。
建物全体が黒いトーンで作られているのは静かで高貴な感じを出すためなのかと思案していましたが、訪れてみるとガラス張りの外観が周りの景色を反射して、外から中の様子は少し伺える程度。一方で少し暗い中に入ると外の景色が輝いてよく見えます。こうした光の扱い方はズントーの得意分野です。



外構は駐車場のアスファルトがそのまま内部に入って来たような造りになっています。そのため床よりも屋根の存在が引き立ち、結果さらにガソリンスタンドらしさを感じます。内部の床は黒のテラッゾ。



格子天井には吸音材としてのクッションが取り付き、また展示のためのワイヤーを吊したり照明を設置したり。とても使いやすそうです。コンクリートコア内部はカフェの厨房に、あるいはトイレや倉庫のある地下へのアプローチになっています。



階段の降りはじめ、上がりはじめ部分には異なる色のコンクリートが填め打ちされてステップが目視しやすくなっています。こういうくすぐったいデザインをするのは少し意外な気もしますが笑。



全体として、この建築からはある種の高貴さみたいなものを感じます。しかし同時にガソリンスタンドのような誰もが気軽に立寄れる形態にもなっている。現在確かに展示室として使われているけれど、大きなカーテンと天井の吸音クッションを増やしていけば、なかなか良い音響のコンサートホールになるかもしれないし、今ある広くて大きなカフェがもう少しきちんとしたレストランになってもいい。そんな使う側からの要望に許容力のあるホール空間です。
僕はこの建築がナショナルギャラリーのように基壇の上に建っているのではなく、道路沿いにアスファルト舗装からステップなしで立ち寄れる民主的な雰囲気が、一見似て異なる建築の意味を表していると思っています。


続いて市内に戻ってブレゲンツ美術館。
ブレゲンツの美術館ができたのは、もう二十年近く前に遡ります。今見ても全然時代の古さを感じないし、空間も寛容で光の状態がいい。プランやセクションもこの上なくシンプルで使い易い。ズントー事務所にはいくつかの美術館プロジェクトがありますが、ブレゲンツはそれらの一つの原点と言えると思います。何度訪れても、単純な構成の中に発見がある。これこそが時代を超える建築の良さだと気付かされる。個人的にズントー作品の中では、とりわけ好きな建築ではなかったのですが、今回の再訪問でいきなり上位にランクインしました。笑



この美術館の特徴は、全面ファサードと展示室の天井が半透明のガラスで覆われ、外光を柔らかく展示室内の中心まで取り込んでいること。また、美術館の付属プログラムである学芸員関係の諸室、カフェ、ライブラリなどを同じ建物内に作るのではなく別棟として計画し、美術館を展示室のみのピュアな機能に限定した建物としたことにあります。そしてこれら2つの建物の配置によって、半分囲まれたような広場を作る。
ピーターメルクリ(Peter Märkli)がハンスヨゼフソン(Hans Josephsohn)の彫刻のために設計した美術館(la congiunta)も美術館を展示室のみとし、離れたところにある村のカフェに鍵を預け、あたかもそのカフェが美術館の受付兼ミュージアムカフェであるかのように機能し、紋切り型の美術館を解体しています。
両者は美術館をカフェ、ライブラリ、ミニホール、ショップなどの諸機能を囲った何でも揃った建築とするのではなく、美術館を展示室メインとすることで、建物に一歩入った途端に作品と出会うことのできる静謐な場面を創り出しています。



展示室ガラス天井はたまたま展示していたアーティストの巨大な作品によって一部あらわになっていました。そこには規則正しく配置されたライン照明が天井裏約1.8m間を上下に動き(といっても手動なのですが)、時に外光だけではまかえない光の演出をします。この人工照明を取り替えたり、上下の位置移動をしたりする場合はガラス天井の上に木板を載せてキャットウォークとしているそうです。つまりこのガラス天井は見た目に反してかなりしっかりと固定されていることになります。

以前投稿したように、半年前に竣工した新アトリエと30年近く前に建てられた木造アトリエが度々同じディテール、仕上げでできているように、ブレゲンツ美術館とロスアンジェルスに建つ予定(2023年)の美術館もピーター自身が建築においてやりたいことはそう大きく変化していないように僕には思えます。それでも結果的にそれぞれの建物が特徴的で唯一なのは、当たり前のモノを当たり前に作るという恥ずかしいくらいにもっともな定石手段を選択し、その腑に落ちるデザインをできるだけ自然にただただ洗練させていくプロセスが、いつからか特殊になってしまっただけなのかもしれません。

そんな飾らないプロセスが創る飾られる建築を次回も紹介していきます。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。


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