杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第12回 2017年03月10日 |
第12回 すべてのモノに対する愛
今回はずっと気になっているピーターメルクリ設計のルミスベルク(Rumisberg)にある住居付きスタジオを皮切りにメルクリの住宅について考えてみようと思います。 archithese 1. 2014 s78 von Hubert Adams Für das Haus eines Musikerpaars hat Peter Märkli sein Konzept, alltäglichen Dingen die gleiche Sorgfelt angedeihen zu lassen wie werthalten Materialien, noch einmal radikalisiert: Kaum etwas ist verkleidet, vieles roh belassen. Dabei geht es nicht um Rohbauästhetik, sondern um die Schönheit des Unprätentiösen. 筆者訳 メルクリは音楽家夫婦のための住宅において「日常にありふれたモノを価値あるモノと同じように扱う」という彼の考えを再びラディカルに実現させました。ほとんどの建築要素が被覆されておらず、躯体仕上げのまま(例えばレンガ壁を漆喰で覆っていないということ)にしてあります。しかしそれは躯体構造の美学からではなく、気負いのない素朴な美しさを意図したものなのです。 ふと思い起こせば、僕が建築を勉強し始めた頃、10年くらい前になりますが、建築を計画する上で与えられたプログラム(建築に必要な諸機能、例えば住宅であればリビング、キッチン、バストイレ、寝室など)を一旦バラバラにして、できる限り細分化した部屋・空間単位と捉え、またそれらをヒエラルキーのない(例えば寝室はキッチンよりも重要である。とせずに)等価なものとして扱い、それら単体機能の相互関係、配置の組み合わせで建築を考え直す、言わば"空間の関係性"で建築を考えることがよく議論されていました。 それに対してここでメルクリが行なっているのは、そうした"プログラムレベル"での解体、価値の見直しではなく、すべてのものを"オブジェクトレベル"で同じように大切なものとして気配りをし価値あるもの認識する。ということになります。 この住宅はAnia Losinger というアーティストとそのパートナーであるMats Eser夫妻家族のためのスタジオです。Aniaが用いるXala と名付けられた大きな木琴のような楽器は人がその上でフラミンゴシューズを履いて踊ることで響きのある音色を奏でます。人が小さなスティックの代わりに木琴を足で叩きながら、同時に踊って魅せるパフォーマンスです。ここにそのスタジオの風景も少し映っています。 彼らのスタジオを作ることがメインのプログラムで、そこに人を招くためのゲストルーム、家族のための寝室が付随しています。重要なのはスタジオ付き住居ではなく、住居付きスタジオであるということです。そのためスタジオは地下でも別棟でもなく家の中心にあり、そこから放射線状に住居の諸機能が配置されています。また音響効果のために少しだけ歪められた壁が単調になりがちな残りの空間にアクセントを与え、とりわけキッチンからリビング、主寝室へ続く空間に動きが生まれています。 それでは内部を見ていきます。 写真を見るとわかるように、室内では空洞レンガ壁下部の漆喰を塗り残し、室外ではコンクリートの壁の下部を打ち放しのまま露わにしています。こうして粗い仕上げが建物内部にまで入ってくることで、本来あるはずの建物の内と外の大きな"区切り"を緩やかに"繋がった"ものとして認識するのを助けてくれます。 内部の写真を見ると、壁が白く塗られていない(素材そのままの)部分にはそれと同じくらいの高さの家具が配置されて、白く塗られた(簡単な処置がされた)高さの領域にはほとんど空間しかありません。塗られた領域は今まさにできたばかりの新しさがあり、塗られていない部分はもう20年くらい経ったような粗さがあります。もちろんどちらの領域も同時期に新しく建てられたものだけれど、今の時点でもう異なる時代・時間の流れを感じることができ、またこれから過ごすであろう時間も自然と想起させてくれます。 この写真がとても上手い(ズルイ)なと思うのは右手前の壁にプリント用紙を貼り、"素材そのままの部分"と"簡単な処置がされた部分"との境界ラインを曖昧にしているところです。暖炉部分の塗り分けラインも暖炉の高さと外してあって視覚的な印象を和らげています。 また(第5回の記事を参照)のような空間プロポーションとスケールを感じます。小さめで、しかし狭い感じのしない心地良い大きさがあります。 このバスルームの写真はとても建築家メルクリらしい印象を受けます。まさに、目に映る全てのモノそれぞれから異なる時間を感じ、しかしそれぞれが丁寧に存在しているためなのか、不可分な要素たちに思えてきます。果たしてこの建築は、古い建物を改修してできたものなのか?この黄色の化粧品棚はメルクリがデザインし、ここにあるべきだと造り付けられたものなのか?それとも施主が衝動的にIKEAで買ってきた安価なものなのか?それは全く問題になっていません。そういったそれぞれの要素の辿って来た軌跡や歴史すべてが一緒になって溢れ出してくるような感覚。"カッコ良く新しくデザインされた感じ"ではなく、肩肘張らずにすんなりと"そこにある、もしくはあった"ような感じです。僕はそうした"異なる時間軸を持った建築"にとても興味があります。 「メルクリの建築には化粧材がふんだんに使われ、表面部分がどう見えるかということがとても重要視されている」とある友人は話していました。一方でメルクリは講演会で「躯体構造に正しいプロポーションを与えることができれば建築はほとんどできたようなものだ」と語っています。それらは「視覚的効果のある化粧材」と「綺麗なプロポーションの躯体構造」という二項分立の話ではない、つまり正しくは「化粧材」ではなく「要素(躯体もその1つ)とそれが有する時間」なのだろう、と僕は考えます。躯体は物理的に建築の大部分で頑強であるし、他のどの要素よりも時間に耐えうる。一方で化粧材などは比較的簡単に付け加えることができ、その分脆いかもしれないけれど、少ない要素で建築に大きな意味を与えることができるかもしれない。そういったすべての要素を"オブジェクトレベル"で等価に扱いながら、それぞれの要素が有する時間軸を混ぜていくことで、過去も現在も未来も担える建築にしていく。おそらくこのメルクリの住居付きスタジオでは、建築家がデザインした本棚も、100円ショップで買ったカラフルなペンケースも同じように扱われ、存在を主張しているのだろうと思います。 最後に再び記事から一部を抜粋。 archithese 1. 2014 s81 von Hubert Adams Installationen offenzulegen und Baumaterialien möglichst unverändert zu verwenden sind Strategien, die Peter Märkli in vielen seiner Arbeiten erprobt hat. Mit dem Haus in Rumisberg wurde sein Ansatz noch einmal radikalisiert. Hohlziegelwände samt Zementfugen bleiben unverputzt, zum Teil sogar steinsichtig. Wo Materialien aufeinandertreffen, sind die Fugen sichtbar. Und während des Bauprozesses wurde sogar entschieden, die Foamglasblöcke nicht zu verkleiden. Mehrfach lackiert, um das Abbröseln zu verhindern, verleihen sie dem Haus mit ihrem anthrazitfarbenen Ton eine fast festliche Atmosphäre. 筆者訳 設備を露わにし、建築材料をできるだけそのままの形で使用するという手法をメルクリは何年も試みてきた。そして、この住宅で彼は、自身の原点の考え方をもう一度推し進めた。部分的に漆喰の塗り残しをすることで、空洞レンガの壁とセメント目地のあらわにし、また素材同士が隣り合うところの目地を見えるようにした。建設途中には、断熱材であるスタイロフォームに被覆をしないと決め直し、幾重にも塗料を重ねることによって、そのスタイロ表面のぼろぼろとした箇所を補修し仕上げた。その結果与えられた黒灰色のトーンは、その住宅をほとんど祝福的ともいえる空間にしている。 いつか実際に訪れてみたいものです。 掲載した写真は全てarchithese 1.2014より (すぎやま こういちろう) ■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA 1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。 在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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