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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第17回 2017年08月10日
第17回 ドイツの家具工場

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今回はドイツのシュタインハイム・アン・デア・ムル(Steinheim an der Murr)にある家具工場について紹介しようと思います。

この家具製作工場ルーカス シュナイト(Lucas Schnaidt)は1890年の創業から創業者家族での経営が3代続いた後、つい最近になってスイス老舗の家具メーカーであるホルゲングラルス(Horgenglarus)を保有していた元オーナーが買い取って経営を再スタートさせました。先代のオーナーは定年退職していく熟練職人を補充するように新入社員を採ってこなかったために従業員数は年々減っていき、かつてこの地域では“家具作りを学んだらルーカス シュナイトへ行く“とまで言われた老舗工場でありながら、現在従業員はそれぞれの部門を合わせても数名程度。僕たちが訪れた時は夏の休暇中だったこともあり、遠い昔に何かを置き忘れてしまった時のように、敷地内は閑散としていました。


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軽いミーティングと食事をした後、現オーナーに製作工場を案内してもらいました。僕は家具デザインのようなことをした経験はあっても、大きな家具製作工場へ赴いて、どんな機材を使ってどうやって家具(例えば椅子)のパーツを切り出していくのか、具体的な製作方法と工程については詳しく知りません。椅子の脚部や、曲げ合板でできた座部が高く積み上げられた光景、ただ数え切れない量のクランプ(締め金具)が整然と並ぶ様子は見応えがあり、それだけでアーティストが設えたインスタレーションのようにも見えて素直に感動してしまう自分がいました。

よく知られているようにズントーは木工職人として父親の仕事場で数年間働き学んでいた経験があるため、工場内部の光景を見ると、“自分が学び働いていた頃と機材が大して変わっていない。経営再建にはまずこれらの機材を刷新し、加えて高性能CNCマシンなど大型機械の導入だな“と意見します。ベーシックな家具の製作に関して言えば、今まで通り旧式の単純動作をする機械で用は足りる。それでもこうして最新の技術をどんどん取り入れようとする姿勢は“職人的建築家ピーターズントー“という文脈でレッテルを貼って彼を理解しようとすると、少し違和感が覚えるかもしれません。もしかしたら多くの人にとって意外なことかもしれませんが、彼は実用的なことに対してはいつもとても柔軟に振る舞うのです。


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敷地内には切り出した余りの木材を保管し、時期によっては暖房器具の燃料とするために大きなサイロ(写真の赤色建物)があります。工場はそれら一部を除いて基本的には平屋建てです。この建物がある周辺敷地一体は工場地帯で、周りには80年代に建てられたと思われる複層階の工場があります。この建物だけが白い外観を持ち低層であり、巧みな敷地内の配置計画であるために周りから際立っていました。


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工場の外観はいわゆるモダニズム建築と言ったところでしょうか。中に入って工具やら何やらがある一定の距離を持って整列・乱雑しているのを見ると、多くの職人たちが働いていた当時の面影を感じさせ、またいかにもドイツ製と見える重厚な仕様の機材が並ぶ光景と、工場自体の印象からノスタルジーを呼び起こすような雰囲気がありました。ありきたりな言葉で形容するなら、建物に入った瞬間、過去にタイムスリップしたような感覚が起こった、外でしとしと降る小雨のジメッとした臭いと周りの静寂とが、またその懐かしさを助長するのでした。

現オーナー曰く、この工場を獲得するにあたって最も考慮したことは、この地域の天気が良いことと、静かなことであったと言います。
(僕たちが訪れた当日は雨でしたし、静かであることは製造ラインがうまく働いていないことを意味するようにも思いましたが、そこは話の腰を折るところではないと判断して、もちろん黙っていました笑)

ともあれ、この工場に関わる様々なコンテクスト(工場敷地の環境、製作工場の状態、会社の歴史など)は新しく物事を始めるにあたって非常に魅力的で、僕自身も“こんな工場で自分のキャリアをスタートさせたいな“と心底思うほど心を踊らせるものでした。


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この工場のように空間に水平的な広さがあって天井がそれほど高くないと相対的に見て、上から圧迫されたような少し窮屈な印象になってしまいがちです。しかし、屋根天井に緩い勾配がついて少し高くなっているために、空間が膨らんだような緩やかな広がりをもたらしています。まず工場全体を走るメインの通路が二本あって、その窓側に作業スペースがある。こうした流動と停滞が隣り合わせになったような作業空間が何十メートルも続き生産ラインを形成しています。僕がとてもいいなと思ったのは、非常に合理的でありながら、合理的に計画したという意図を感じないところ。それはこの家具製作工場が、家具を量産するためにできた生産効率を第一の目的としたものではなく、“家具職人のアトリエ“の延長線上にあるからかもしれません。

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サンディングをして滑らかな手触りを完成させるところ。ここで最終的な肌触りが決定されます。

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ポルスター製作部門。型をもとにして切り出し、縫い付けがされていきます。

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ステイン各種。秤なしで経験から色を混ぜていくのでしょうか。


新しいオーナーは僕たちとの協働を皮切りにして、これからどのように会社を再建していくかに闘志を燃やしていました。次々と新しい事にチャレンジしていく面白い発想の人を間近に見ると、自然と自分にも力がみなぎってくる。それは一体なぜだろうと、いつもとても不思議に思ってしまいます。

実は今回ここに訪れた理由は、9月16日にブレゲンツ美術館でオープンする展覧会企画Dear to me- Peter Zumthor’s Weltのためにテーブルやソファといった家具をデザインしているからなのです。
その展覧会はブレゲンツ美術館20周年の節目に因んで依頼されたものですが、いわゆる建築家ピーターズントーをモノグラフィ的に振り返る“ドローイングと模型で構成された展覧会“ではありません。
地上階はバーを備え中央にステージがあり、そこではミュージシャンの演奏を聴きながらソファに座り、ゆっくりと時間を過ごすクラブ(日本でいう社交サロンのようなところ)。
一階は建築写真家として世界的に有名なヘレン ビネット(Hélène Binet)がギリシャ建築家Dimitris Pikionisによるランドスケープを撮影した写真と、作曲家オルガ ノイヴィルト(Olga Neuwirth)による約16mの帯からなるオルゴール。
二階はクールにある古書店のオーナーが所蔵する約4万冊の本を用いた図書館と読み聞かせの場所。小さな演奏会や講演会も行われます。そのための読書テーブルやスタンドランプも新調しています。
そして三階には日本でもよく知られているシュタイナー レンツリンガー(Steiner Lenzlinger )による展示。

この展覧会は、訪れる人がアートに出会い何かを感じ持ち帰るというよりは、そこで長い時間を過ごすことができ、毎日でも訪れたくなるような場所。日常の延長にあるような気軽さと、いや、いつもより少しだけおしゃれして出かけようと思わせるセミフォーマルさを合わせ持った、湖沿いの都市にある美術館イベントスペース。そんな場所になってほしいという思いが担当している僕にはあります。

近々、この展覧会のレポートもしていくつもりです。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
1984年生まれ。日本大学高宮研究室で建築を学び、2008年東京藝術大学大学院北川原研究室に入学。
在学中にETH Zurichに留学し大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりスイスにて研修。 2015年からアトリエ ピーターズントー アンド パートナー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

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