ときの忘れもの ギャラリー 版画
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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第19回 2017年10月10日
第19回 祝祭の時間

今回は先月15日からブレゲンツ美術館(Peter Zumthor設計)で開催されている展覧会について紹介しようと思います。(概要はKunsthaus Bregenzも参考にしてください)

ブレゲンツ美術館は、スイスとドイツ、オーストリアが接するボーデン湖沿いのオーストリア側にある街ブレゲンツにある市立美術館で、ピーターズントーの代表作の一つとして知られています。(詳しくは過去の記事にて)
1997年に竣工し2017年の今年はオープン20周年の節目にあたるため、美術館はズントー事務所に展覧会を打診しました。実は10周年であった2007年にもピーターズントー展が行われ、その際は主に建築プロジェクトを説明する大きな模型とドローイング、インタビューで展示が構成されました。それもあってか今回はズントー建築を説明し紹介するいわゆる“建築の展覧会“ではなく、ズントー自身がキュレーターとなって展覧会をオーガナイズするという趣旨で始めから一貫して進められていきました。

具体的な企画とデザインがスタートしたのは今年に入ってからでしょうか。まずは美術館の縮尺1/50の簡単な空間模型をコンクリートで作り、(日本で言うところの)1階から4階までの各階にどういった展示企画を入れていこうかと話し始めます。この段階から後に1階はコンサートホール、2階は写真展、3階は図書室、4階はガーデンとほぼ案は固まり、では誰が何をどうするかというトピックに移りました。

タイトルはDear to me。込められた意味としては、ピーターが気に入って大切にしているモノや事柄を共有できる場所にしたいということです。ピーターの息子はドラムをメインの楽器として身の回りのモノを扱って音を創り出すミュージシャン。その彼が演奏家をオーガナイズして主に1階で行われる演奏会のプログラムを詰めていきます。全体のマネージメントはピーターの義理の娘が舵取りをし、建築制作的な部分は僕の担当に決まりました。

ズントーはパンフレットの冒頭の言葉で次のように語っています。
Denken ist eine Linie, Emotionen sind Raum.
Ich liebe das Denken in Bildern.
Räume schaffen können, die berühren,
wie gewisse Passagen in der Musik von Mahler oder Wagner,
komponiert mit den Mitteln von Schönberg oder Webern,
mit der Energie und Transparenz von Strawinski — das wäre schön.
Aber jetzt ein Fest!

思考は直線的で、感覚は空間的だ。
(図面に描かれた思考の線は、建築空間となって感動を呼ぶ)
私は情景を思い浮かべながら考えることが好きだ。
グスタフ・マーラーやリヒャルト・ワグナーの音楽にある音符群のように、
アルノルト・シェーンベルクやアントン・ヴェーベルンが編曲で行なったように、
イーゴリ・ストラヴィンスキーの曲がエネルギッシュで透明感があるように、
建築空間も創られ、そして人の心を動かすことができる。そうあって欲しいと思う。
さぁ祝祭の時間だ!(筆者訳)



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1階はグランドピアノのあるステージが中心にあります。ステージ上部には音響のために天井板が吊られ、建物の主構造であるコンクリート壁にも抽象的な幾何学の音響パネルがいくつか取り付けられています。ステージの周りにはレッドカーペットが敷かれ、どこかの授賞式のようにこれが“フェスティバル“であることが敢えて強調され、その上に今回の展示のために特別にデザインされた四種類の色と素材(深いオレンジ、青緑色、濃紫のベルベットと気紛れな生地のレザー)のアームチェアとスツール、そして二種類の素材(楓と洋梨の木)と大きさの異なる円形テーブルがあります。

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これらの家具は以前紹介した家具メーカーが中心となって制作されました。

美術館にまず入るとバーカウンターがあり、そこでチケットを購入しフリードリンクを受け取ります。演奏やディスカッションがないときでも、休日の朝にゆっくりとカフェを愉しみに来てもいい、なんて少し気取って行ってみたくなる(笑)ようなで場所であり、また同時にカジュアルな親しみやすさもあります。それはひとえに天井が高いということにとても関係しているのではないでしょうか。
6メートル20センチある天井高さと400平米強の広い空間は通常の建物ではなかなかあり得ないワンルームの大きさで、カフェとして使うにはとても贅沢。ぽかーんとした心地良い静けさとガラスを通して入ってくる朝の柔らかな光が “こういう大きな気積のあるカフェをいつも設計したかったんだ。やっぱり良いね“ と思わず口に出したい気持ちにさせます。少し奥まったところには映像作家がまとめたピーターのインタビュー(計30分)があり、ヴァルスの温泉施設を設計した若い頃の貴重なインタビューなども視聴することができます。



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2階はクラシックな展示空間で作品数はあまりないため、ブレゲンツ美術館の光と空間のコンセプトがよく見て感じられます。壁にはヘレン・ビネット(Hélène Binet)によって撮影された、ギリシャのランドスケープアーキテクト(Dimitris Pikionis)がデザインしたアテネにある舗装路の写真、ピーターのお気に入りです。作品の由来はともかくとしても、光と陰がモノクロによっては強調され、ヌメッとした舗装石の表情がぐっと感覚を惹きつける非常に力のある写真です。
写真レイアウトは当初計画したものから写真家自身が会場で変更し、一瞬アレっと思うほどの余白があります。配置を移動したい衝動に少しだけ駆られながらも、確かにこの写真は間隔を狭めて並列して展示するには強すぎるな。という気持ちにもさせてくれる。僕がとても感心してしまったのは、自分からはこうしない(勇気がなくてできない)だろうという微妙な、同時に絶妙な余白だからです。

中心にはオルガ・ノイヴィルス(Olga Neuwirth )による30分ほどの新曲がオルゴールとなっています。オルゴールなんて見たのも久しぶりだなぁ。とニヤッとさせてくれる遊び心があり(笑)、その穴の空いた約16mの紙は空中に滑らかな曲線を描いて天井から3点で支持されています。この綺麗な曲線は狙ったものではなく、はじめ単純に3点で吊ってチューリップのイラストみたいにしてみたらオルゴールが上手く回せず、試行錯誤のうちにたまたまできた形なのです。僕たちは恣意的に形をデザインすることを極力避けているのですが、こうした“出来てしまった形“が“作った形“よりも美しく見える瞬間がとても心地よいです。(とはいえ1階の壁にあるアコースティックパネルは若干、形が前にでてきていますが。。。)



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3階は僕たちの事務所があるハルデンシュタインの隣り街(Chur)にある古書店のオーナーから借りた約40,000冊の本からなる図書室です。本棚は黒MDFで簡単に作られ会場でビス打ちして組み立てられ、高さ3メートル弱、三種類の幅があります。その本棚をまるで多角形で円を描くようにしてアレンジして中心に読書スペースを作り、時にはそこで小さな演奏会や作家による読み聞かせなどのイベントを行います。
この約40,000の本は傍からみるとほとんどバラバラに収納されており、AtoZの並びにすらなっていません。(もちろん美術館側からはあるシステムで管理されています) 来館者はただ自分の気の向くままに歩き本に出会う。建築デザイン図書や好きな作家の小説コーナーはここにはなく、それが逆にデータベース化された公立図書館や書店とは違って無造作に収納された自分家の本棚のようで、妙にプライベートな感じがします。一方で、フロア全体の照明を少し暗してクラシックな図書室のような雰囲気にしなかったことで、本棚と本たちが展示室の中に置かれた作品のように見えてくる瞬間があります。

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またここにはライブラリーテーブルとスイスの老舗家具メーカー(Horgenglarus)の椅子があり、スタンドランプはこの展示のためにデザインされイタリアの照明メーカー(Viabizzuno)から販売されます。

ここまで会場を登ってくると少し疲れてきますが、最上階には最も美しい展示があります。



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スイス出身のアーティスト、シュタイナー・レンツリンガー(Steiner & Lenzlinger)によるガーデンのインスタレーションです。タイトルはルンゲンクラウト(Lungenkraut)。自然の枝木や木の実の殻など、そしてどこかの景品でもらったようなプラスチックのおもちゃなどを組み合わせて創られた美しいオブジェが天井からモビールのように吊られ、微かな風でゆっくりくるくると回って重力を感じさせないように浮遊しています。ルンゲンとはドイツ語で肺を意味し、展示物も肺で呼吸したように膨らんだ表現のものが多いため強い生命感も感じさせてくれます。
打ち上げの食事会で本人たちと出会い、今までいろんな場所で展示をしてきたけれど初めて展示作品を吊っているワイヤーが見えない状態の展示空間に出会うことができた。と話していたのが印象的でした。つまり会場が柔らかい光に満ちていて、どの方向からも強い光がないため影ができにくいのです。



オープニングには988人が訪れて会場は人混みとなりました。エントランスから2階へ向かう階段への動線は混み合って進めず、そのため来館者は一旦地下へ降りてそこからエレベーターで2階へ登るという不思議な動線を頼りにせざるを得ない事態になりました。(後々聞いたことには1997年にオープンして以来の来場者数だったそうです)
会場で出会った知人やプレス関係者に話を聞くと、建築家ピーターズントーの展示を目当てに来たものの、具体的に何の展示をしているのかは事前にチェックしていなかった、もっと言えばチェックせずとも、もちろん建築の展覧会だろうとタカをくくっていた人がほとんどで、十中八九に戸惑いと驚きの混じった印象を持っていました。それはこれがズントーがオーガナイズした展示であって、ズントー建築プロジェクトを紹介しているわけではなかったからです。

とはいえ、戸惑いの後に来るのは “なるほどなぁ“ という驚嘆。建築家による建築プロジェクト展は見たいけれど、4階フロアの会場では間延びしてしまうかもしれない。そこでこうしたズントー自身の作品を紹介するのではなく言わば “ズントーに影響を与えたモノや人たちを紹介してそこからズントーを導き出せ“ というメッセージは、とりわけクリエイティブな仕事をしている人たちにとってはなかなか刺激的な問いであったようです。

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会期中の毎週末にはズントーと作家、音楽家もしくは美術家との対談があり、展示に参加しているヘレン・ビネットやオルガ・ノイヴィルス、さらには造園家ジル・クレマンや映画監督ヴィム・ベンダースなどの各方面のエキスパートも来ます。またアーティストによる演奏会や作家による読み聞かせなども行われます。一度来て見て終わりではなく、足繁く通って理解していく展覧会。“ズントーパス“というディズニーもビックリな会期中無制限に入場できるパスもあるので、機会がある人は是非足を運んでみてください。



掲載している写真のうち、1,3,4番目のものはブレゲンツ美術館のウェブサイトより
その他は筆者によります。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にETH Zurichに留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同事務所勤務。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

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