杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第24回 2018年03月10日 |
第24回 設計スタディについて
今回は事務所での設計スタディの仕方について少しだけ紹介しようと思います。 建築は、実際に建てられて空間を体験する(住宅であれば住んで使ってみる)まではそれがどういったものになるのか、設計段階では建築家自身でさえも100%正確にイメージすることは難しいところがあります。だからこそスケッチし図面を描き、数え切れない模型を作り、また3Dソフトウェアを使って包括的に自分の設計を理解し、また擬似体験しイメージする。そうした多角的な方法を駆使して出来上がりの建築空間をクライアント、事務所内チームや施工する人たちと共有していきます。建築は本当に多くの人たちの力を借りないと造ることができないチームプレーの賜物なのです。 目的は同じでもその共有の仕方、“同じ方向を向いて“設計スタディを進めていくやり方は事務所によって本当に様々で、それこそが各々の建築事務所の、そしてそのデザインの特色を反映していると僕は思います。 建築設計の初期段階では、まずクライアントから、それが住宅であれ美術館であれ、必要諸室とその規模、具体的な使われ方について要望を聞き、どういった建築を作っていきたいのかを共有します。建築家は時にはクライアント自身も分かりかねている必要機能やその使われ方の具体的なイメージを与えられたプログラムからを考え直し、そこに変更を加え全く違った方向から考え直し提案をする。そして、その提案を元にスケッチや模型を作りながらデザインを詰めていく。 はじめに事務所のボスが訪れた計画敷地の印象や与えられたプログラムから簡単なイメージスケッチを描き、それをプロジェクトチームに預けて設計を始める、いわゆる「巨匠スケッチパターン」もあれば、クライアントからのプログラムをプロジェクトチームで徹底的に分析し、建築の外形よりもまず諸室を機能的に配置していく常套手段もある。一方で機能や敷地の条件以前に、面白く新しい空間体験とはどういうものだろうかと空間構成の設計スタディから始めて、そこからクライアントの要望を徐々に取り込んでいく方法など、建築家の友人知人からは各種いろいろなパターンを耳にします。もちろん最終的には誰もが建築を作っていくのであって、その過程はどれが良いとかいう問題ではありません。僕が強調したいのは、建築にはいろんな方向からそれを考えることのできる間口の広さがあり、そこがまた面白いところでもあるという事実です。 さて、ズントー事務所はどのパターンか。。 事務所で働き始める前に日本ではよく、“ズントーは建築を素材から考える“ という話をどこからか聞いていました。ちなみに当時僕が身近に感じていたのは、建物の床壁屋根の構成を決めてから最後にそこに素材を割り当てていく方法。例えばこの位置に壁を立てて部屋を作ることを決めてから、そこを青のスタッコ仕上げにして床をタイルにしようという思考プロセスです。そのため、僕には素材から考えるとは一体どういうことなのかよくわかりませんでした。 もちろん、ヴァルスの温泉施設(ピーターズントー設計)が地元で採れる有名な石を建材として使っていて。。。であるから建築を素材から考えている。「はぁなるほど、だからか!」という、そんなに単純な話ではないはずです笑。 僕がズントー事務所に来て一番はじめに驚いたのは、模型をコラージュのように作ることです。 多くの模型を作りながら設計の方向性を少しずつ決めていく。模型を作っていて偶然できてしまった面白い形に空間的な機能を見出したり、時には哲学的な意味を付加しながらそこからアイデアを発展させていく。そうした模型を大量に作りながらの設計スタディは、日本でもよく見られ、建築設計を進めていく上でのオーソドックスな手法であると言っていいと思います。 僕たちの事務所でも例に漏れず、模型は設計スタディの中心です。ただおそらく他と大きく違うのは、その模型材料が初めからかなり具体的であることです。 例えばある美術館のプロジェクトがあったとして、訪れた敷地の印象やクライアント、その地域の建築法規から与えられた条件を慮って、建築外形ないしヴォリュームが見えてきます。そこにどの機能をどこへ持って行こうかというプログラムの簡単な分配があり、それらが外に対して(公共として)閉じているべきか開いているべきかという空間属性の振り分けがあるとする。一方でここはソリッドであるべきだとか、ソフトであるべきかという素材の印象みたいなものが加わります。 一般的にその時点で作るのは「白模型」と言われる単色の素材による建築の構成を表す模型です。そこでの主題は空間構成であり、それ以外の、例えば素材とその色といった情報は見えていない。その始まりの模型は、日本でもよく使われているカードボードやスチレンボード、スタイロフォームといった建築模型材料で作られることが多い。 しかし僕たちは、いきなりレンガやコンクリート、金属や木材などの具体的な素材でコラージュのように建築を作っていきます。そしてそれらの材料は多くの場合、このプロジェクトの今その模型のために用意された、作られた部材ではありません。事務所内の工房にストックされている、また他のスタディ模型の屋根から拝借した。といったような、本来他の目的のために作られたものたちです。 その具体的すぎる始まりの素材は既に設計デザインとして念頭にあるものと一致していればそれで良いし、何も決まっていなければなんとなく合うものでいく。その際に、建築模型の縮尺と部材の縮尺(1/1)は合っていようがいまいが重要ではありません。空間構成を想像していく時に、既に具体的な素材があるという事実が大切なのです。その暫定的に選び取られた素材が設計最後までそのまま残るわけでもおそらくありません。(良い意味で)適当に選択された具体的な部材と、実はそれについて誰もよく知らない、逆にわからないままに始めることが、僕たちのインスピレーションを掻き立てて、ただ白い模型として抽象的に組み立てられていくはずだった空間構成をドライブさせ具体的に発展させていくのです。言い換えれば、僕たちの主題は始めから空間構成ではなく、「素材の見え方や扱い方を含めた空間構成」であると言えます。 そういう意味では、僕たちは「建築を素材から考える」ないし「素材の力を借りて考えていく」と言ってもいいかもしれません。 文章のみでプロジェクトの模型の挿絵を載せられない分、うまく伝えることができたかは自信がないのですが、僕たちの模型の作り方から、事務所の特徴やズントー建築を理解する手がかりみたいなものが少しでも伝えることができたとしたら幸いです。 (すぎやま こういちろう) ■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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