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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第43回 2019年10月10日
ホルゲングラールス

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今回はスイス老舗家具メーカーである、ホルゲングラールス(horgenglarus)で年に一度開催される工場見学ツアーに参加した時のことを綴ろうと思います。

horgenglarusといえばスイス人なら誰もが知っていて一度はどこかでその家具を見かけたことがあるであろう老舗家具メーカーです。とりわけその椅子(classic)は多くの施設やレストランで使われているので巷ではレストランチェアとも呼ばれ、また鋳造された脚部のあるテーブルはカフェやバーでは定番となりました。
2017年9月から2018年始にかけてブレゲンツ美術館(Kunsthau Bregenz)で催されたピーターズントー≪プロデュース≫の展覧会にも、ホルゲングラールスの椅子(moser)のスペシャルエディションを使いました。計画当初はカエデ材でできた椅子に白い顔料でブリーチした仕様でしたが、最終的には展覧会で用いる他の家具に合わせてその上から黒ステイン仕上げとしたので、思いがけず下地の白が少しだけ浮かび上がって銀色に鈍く輝く素晴らしい椅子になりました。ズントー事務所でもミーティングテーブルにはホルゲングラールスの椅子を用意しています。軽くて持ち運びしやすく主張しないデザイン。インテリアの趣向を選ばないどこにでも合う、それでいて座り心地の良い椅子です。

9月中旬秋の風を感じる日、僕が住んでいるクール(Chur)の街から1時間ほど電車で離れたところにあるグラールス(Glarus)という街へ向かいます。あれっと思った方もいるかもしれません。この家具メーカーの社名はホルゲングラールス。創業者の名前ではなく、1880年創業時にチューリッヒ近郊のホルゲン(Horgen)という街で始まり、20世紀初頭にここグラールスに引っ越してきたために、その二つの地名をとってホルゲングラールスというそうです。ふと思い出したのは、イタリアの有名な照明ブランドであるビアビツーノ(Viabizzuno)。ビツーノという街で発祥したためにVia Bizzuno(ビツーノから)という社名になっています。僕は入野で育って今はクールに住んでいるので、イリノクールとなる感じでしょうか笑。。もう一方のビアクールはもはやのどごしの良さしか謳えません笑

冗談はさておき。
グラールス駅に着くと圧倒的な存在感をもつ山岳が目の前に聳え、反対側には街が広がっていました。駅舎は古く、看板も時代を感じるデザインとフォント。なんだかちょうど良いくらいの古めかしさのある雰囲気がそこにはありました。駅のすぐ近くには公園があり、そこからさらに少し進むと目的の家具工場が見えてきます。

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ホルゲングラールスは現在約35名の職人で複数棟からなる工場を回しています。
以前ドイツにあるルーカスシュナイト(Lucas Schnaidt)の工場へ見学しに行った時にも感じましたが、工場は平家で敷地の中に蛇が動くように庭 (搬入経路)を取りながらも合理的に配置されていて、創業当時から?と思わせるくらい年季の入った建物が、長いこと家具を作り続けてきたことを物語っている。素晴らしい。古い建物であるだけにあまり断熱がされているようには見えませんが、寒い時期には家具造りで余った材木をチップにして暖を取っているようです。ちなみにホルゲングラールスは1880年、ルーカスシュナイトは1890年の創業と同じくらいの時期に始まっています。
1日に定番の椅子(classic)であれば100脚くらい、そのバリエーションであるアームチェアであれば60-70脚くらい生産する能力があるそうです。とはいえ、ただやみくもに作り続けるのではなく、生産は受注してから行います。注文を受けて顧客の求める仕様つまり使用する樹種、仕上げの種類(オイルフィニッシュかステインなど)、クッションの有無などの要望に合わせて作っていきます。それでは生産ラインに沿って見ていきましょう。

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まずは材料です。スイスフランス語圏のJuraにある材木問屋から90年にわたって木材を仕入れています。家具で用いるのは主にブナ(Buche) オーク(Eiche) くるみ(Amerikanische Nussbaum) トネリコ(Esche) です。大体(12-18%)くらいの含水率をもった木材を仕入れ、室内で用いる家具では最終的に8%くらいまで乾燥させていくといいます。

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家具で用いるのは樹木の年輪中心に近い心材を外して製材されたもの。ここでは椅子の背板用に板材、脚部用に角材へとそれぞれ大まかにカットしていきます。

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次の工程です。ここでは蒸し機によって木材を約2時間蒸煮して含水率をあげ柔らかくして曲げやすいようにしていきます。樹木の中でも曲げの適不適があるそうで、例えばブナがその性質から曲げ木にもっとも適していて曲げやすく割れにくい。逆に熱帯樹はあまり適していないといいます。

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スイスでホルゲングラールスが有名になったのは、当時既にトーネット社で有名だった曲げ木の技術を用いたシンプルかつ美しい椅子を量産し始めたことから始まりました。例えばこのWerner Max Moserがデザインしたアームチェア(select 1-376)の後脚部分を見てください。この滑らかな曲線を描いた部材を角材から削り出そうとすると、この部材の外形が収まるのに十分な大きさの木材を用意する必要があり、結果として無駄が多く出ます。また木目に逆らって削り出していく必要があるためバリやササクレができやすく、そこから割れやすくなります。一方、曲げ木は材料の無駄を抑えることができる。また木目に平行して曲げていくことができるために繊維を分断することがなく強度がある。と職人さんが説明してくれました。

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ここでは蒸し機から取り出した角材を機械に固定して曲げていきます。写真にあるのは椅子(moser 1-250)の座面部材を曲げているところです。右側から角材が運ばれて中央部分が回転しながら曲げられていきます。もちろん大きな力がかかっているのですが、見た目には面白いくらいに簡単に形ができていきます。乾燥させた後、鉄の型を外します。

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次に乾燥し終わったパーツの形を整えていきます。曲げられた木材が輪を描き、その始めと終わりの重なり合っている部分を電ノコ盤で同じ曲率になるようにカットしてからボンドで繋げて輪っかを作ります。座面部分は蒸し機を使わずに複数枚の薄いベニヤ板を接着させながら型にはめてプレスすることで座面のくぼみやエッジの曲面をつけていきます。

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その後CNCマシンで大まかであった座面の形をより正確に削り出し、最後は人の目で確認。手触りで滑らかさを調整して完成させていきます。やはり仕上げはまだまだ職人の力に頼っています。

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そして部分的に仕上がったパーツを組み立てていきます。ここでは座面と前脚からなるパーツと、背もたれと後脚からなるパーツとをビス留めしています。ビス留め仕上げとするのは、後々に分解して修復やパーツ交換などがし易いためであるといいます。

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いよいよ仕上げです。ここで注文に合わせて塗装をしていきます。塗装やラッカーは簡単に見えるようでいてすぐに塗りムラができたり、座面のくぼみに塗装の溜まりができてしまうので非常に難しい作業だといいます。

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階段を上がって静かな部屋に入って行くとそこでは座面のクッションを製作していました。大きな牛の皮を広げて、汚れていたり少し傷がついている部分をマーキングして除きながら型を当て効率よく切り出していこうとしています。座面にクッションをつけていく作業の手際の良さに参加者一同驚きでした。

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再び下階へ降りて廊下を進んでいくと壁に掛けられた古い雛形がありました。博物館のように創業時から生産してきた家具の多様さが見て取れます。以前は多くあったコレクションも、今日では定番を含めた少数のラインナップに限定して受注生産し、そこにほぼ毎年新しい家具を発表しながら代わりに受注の少ない家具を生産から外していくのだといいます。工程を絞って行くことで35人という少人数でも多くの家具を生産できるのだといいます。

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こうして出来上がった家具が最後の工程で出荷待ちをしています。これはクッションなし、オイルフィニッシュ仕上げの椅子(classic)です。こうした新品の家具を製作する傍ら、ホルゲングラールスでは古くなった自社製家具の修復をすることも行っているそうです。自分たちが生産したものが他の人の手に渡った後も責任をもっていく。良いものを長く使う、そして修理しながら使う。その姿勢は建築にもつながる、とても重要なことのように僕には思えてなりません。


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余談ですが、最後にお気に入りのテーブルを紹介します。
展示室には昨年から僕が密かに笑注目していたess.tee.tisch(ドイツ語で美的という意味のästhetischに近い発音)もありました。これは三本脚がねじれながら鋳造されたパーツで結合して脚部を作り、その上に天板の乗ったテーブルです。テーブル裏にあるメカニズムによって、ダイニングテーブル(Esstisch)にもティーテーブル(teetisch)にもなる。実際に触れて操作してみると想像していたよりもはるかに高さ調整が楽にできるのに驚きました。天板はリノリウムなのでメインテナンスがし易い。エッジは無垢の木です。リノリウムを削らずにエッジ部分を削ってトップを同一面にするのがとても難しかったと、製作過程の苦労話を聞かせてくれました。オリジナルのデザインは1951年にJürg Ballyによってデザインされたものを、2014年に強度のあるメカニズムに置き換えてリデザインしたものです。
値段は数十万です、いつか購入したいと願っています。。。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。




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