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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第47回 2020年02月10日
錬金職人

今回は久々のワークショップシリーズ。
金細工職人のところへ訪問した時のことを綴っていこうと思います。


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スイスのクール(Chur)旧市街には、金細工職人が指輪などを作り販売しているアトリエ兼ショップがいくつかあります。そして、ある店では、僕の周りで少なくとも二人が婚約指輪を求めていました。

指輪を含めたジュエリーは、出来上がっているモデルを選んで購入することが一般的だと思っていた僕にとって、こうしてゼロから特別にデザインしてもらうことは特に珍しいことではない。という事実に、少し驚いたのをよく覚えています。

先日ひょっとしたことで知り合った人がそのショップのオーナーと兄弟だったことから、新しいつながりができました。聞けばお店をやっているのは4人兄弟の次男で、そこから数百メートル離れたところには三男が経営する別のお店があるそうです。
そして今回訪れることになったのは、長男と末っ子の二人が共用しているアトリエです。

つまり4人兄弟の全員が、紆余曲折はあったものの同じ職業に就き、時に助け合いながら創作活動をしている。家族経営というわけではないのだけれど、それぞれが独立して活動していながらも、同時に緩やかなつながりを持って、時には仕事を分担している。
その様子を聞いて、そうした兄弟の付かず離れずな距離感がとてもいいなと思いました。


金細工職人のことは、ドイツ語でGoldschmiedと言います。
ゴールドをはじめとした様々な(希少)金属を原料からはじまって、叩いたり、伸ばしたりしながら形を作り、そして細工を施していく。
仕事場の様子や仕事の内容については、大体こういう感じだろうか。というイメージは少なからず持ってはいたものの、どれもが具体性に欠けていて笑、詳しい仕事の仕方は全くわかっていませんでした。

だからこそ、今回の訪問はとても楽しみにしていました。


アトリエは旧市街の周囲、かつての城壁部分にありました。
多くの建物が外に向かってファサード(門構え)を主張しているのに対して、そのアトリエが位置する裏側は驚くほど落ち着いていて、寂しい感じすらします。
辺りをよく見渡せば、近くには木工、金工アトリエや陶芸アトリエが。。どうやらここはクラフトマン(作り手)が多く集まっている場所のようです。


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実際に入るとまずアトリエの設えに驚きました。

古い建物の躯体である石積み、そして積まれたレンガを顕わにした壁。
床は大きな板材が非常にざっくりと目地をとって敷かれ、作業机には革でできた独特のポケットがぶら下がっていて、それがどんな機能を持っているのかはわからないけれど、職人感が全面に出ています。

その新しく知り合った友人は、金細工を習う前に時計職人として働いていた経験を生かして、時計修理も行なっているとのこと。壁に掛けられた古い時計がまた可愛らしく、まずは金細工よりもそうしたアトリエ自体に目がいってしまいました笑。
いつだったか家具職人のアトリエを訪問した時にも感じたのですが、仕事場で職人が働く姿の残像が見えるというか。。。どう動きながら作業をしているのか、その仕事ぶりが想像できるようなアトリエを見るのは、とても楽しいひと時です。


さて、実際に小さな部品を作る過程を見ていこうと思います。
今回は銀を使って家具の小さなパーツを作っていきます。

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まずは粒状の銀を炭でできた矩形の台の上に置き、これをバーナーで溶かして1つのまとまりにしていきます。

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スライムのようにまとまる過程で、泡がプツプツと出てきました。これは金属の中にあった空気です。

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ひとまずまとまりができると、水の中に入れてさっと冷やします。
次に別の鉄製台に移して、玄能で叩いていきます。
その後再び炭の台に持っていき、バーナーで表面を熱する。するとまたプツプツと気泡が現れてくる。。

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この作業を繰り返し何度も行います。
友人曰く、こうして少しずつ気泡をなくていくことが、つまり金属内にある空気を外に出して金属密度を大きくしていくことが、強度にもつながっていく。材料準備の第一歩だそうです。

気泡が完全に出なくなった後に、次のステップに入ります。

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これは金属を引伸ばしするための機械です。腕部分を回しながら材料を引き伸ばして形を作りはじめます。写真を見ると、ステンレス製の回転する部分にいくつか溝が入っているのがわかります。

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この機械による作業で金属を板状にして、輪にしていくと指輪の原型が出来上がるというわけです。
叩いて、伸ばして、加熱してを何度も繰り返しながら、材料の密度を上げ、最終形に近づけていく。。根気のいる作業であるぶん、完成したものは堅強。見た目にもテクスチュアに素材のきめ細やかさが現れてきます。


聞けば素材から作り上げていく作業工程は、今日ではあまり見られなくなったと言います。
ワックスで形を削り、それで型を作ってキャストする。もしくは、ある程度形が整えられた規制の金属板や金属棒を購入して細工を作っていく。。そうした方法をもってすれば、よりスムーズに完成させることできるかもしれない。
一方で、叩いてできたものの方が強度があるし、叩くという動作が最終的な表面の仕上げに大きく現れてくる。という事実もある。

金細工品であっても3Dプリンターを利用すれば精度の高いものが得られ、個人でフリーソフトを利用して製作したデータを、ウェブサイトにアップロードするだけで瞬時に大まかな見積もりが出てくるような時代です。

それぞれの方法にどんな価値を見出すのかは、僕たち次第です。
重要なことは、これは建築において多分に言えることだと思うのですが、作り方はすなわち考え方であって、最終的な成果物は必ずその過程によって変わってくる。
言い換えれば、作る方法や使うツールによって思考や可能性は否応がなしにも限定されていきます。だからこそ、自分に合った作業の環境を整えるのは大切なのです。


彼は、最後にとても興味深い話を聞かせてくれました。

今日では、鉄でアクセサリーを作ることは珍しくなった。鉄は錆びやすいからメッキするのだけれど、よくよく考えてみれば、そもそも鉄(分)は人間の体内にも必要なもの。
もっとも自然なあり方はなんだろう。。鉄を直に身につけるのはとても理にかなっているのではないか。。

なるほどそんな風に考えることもできるんだ。と納得と感心とが混ざった気持ちになります。

いやいや錆びてしまいますよ。耐久性に問題がでてきます。という議論は少なくとも一旦傍に置かれるべきなのです。


金細工職人がモノを作る際に考え、作っていく手順が、僕たち建築家が設計作業をする際に大切なこと: 物事を整理して順序立て、優先順位をつけながら問題をクリアにしていく。そして要素を組み上げて行く。ということにも、似ていることに気づきました。
他分野の人と、こうしてスムーズにお互いの意思疎通ができることに驚きと感動を覚えながら、新しいこと分野を垣間見ることができた一日でした。
すぎやま こういちろう

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。
2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、アーキテクチャーフォトにて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。

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