杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」 第53回 2020年08月10日 |
素直で健康的である、建築。
スイスで建築家として働き始めて7年目に入りました。 何を学んできたのだろうと思い返しても、すぐに頭に浮かぶものは多くありませんが、今回は、そんな中の一つを挙げて、話していきたいと思います。 設計をしていく上で大切だと考えるようになったこと、それは≪物の作られ方を知ること≫です。 設計図を元に実際に建築を造り上げるのは、ほとんどの場合、建築家自身ではありません。 物の作られ方を考え、作り手の気持ちになって考えることで、線と面で描かれた図面が、どうやって実際に建ち上がっていくのか。その重要性を再認識するようになりました。 できあがったものを見て、その良し悪しを判断しなければならないとすれば、ただその最終形を眺めるだけであるのと、どうしてこうなったのかを知るのとでは、理解できる範囲が大きく異なってきます。 そのものが作られる過程を知れば、全体の形や細部に説得力が生まれることもある。話を聞くと、誰が作っても必然的にこうなるんじゃないか。と思えてくる作品や建築に時々出会います。 もちろん、だからといって、それが良いとか好きだとかいう価値判断に、必ずしもつながっていくわけではないのだけれど。。 少なくとも、僕に、デザインが≪素直で健康的だ≫という印象を与えてくれるのです。 ピーターズントーのもとで建築士として働きながら、≪建築とは構築すること≫だという認識を強く持つようになりました。 建築設計にどんな意識を持って、どんな手法を活用して計画を進めようとも、結果的には建築を作っていく。皆ゴールは同じです。 何か面白いことをしたい。という気持ちもおそらく同じです。 建築家それぞれに違いがあるとすれば、その一つは、物がどうやって作られるのかということが、まず念頭にあって計画を進めていくのか。それともまず最終形のイメージを強く持ち、それを実現すべく建設方法を探っていくのか。と言えるのではないかと思うようになりました。 これはAかBという対立するものでは決してなく、考えの比重 / 度合いに違いがあるのだと思っています。 そして僕は、とりわけ建築がどういう風に作られていくのかに、強い関心を持つようになってきたというわけなのです。 過去二ヶ月のエッセイを通して、≪ドローイング≫と≪小さなオブジェクト≫を紹介してきました。 このシリーズを締めくくる、写真にある≪大きなオブジェクト≫は、とは打って変わって、物がどうやってできあがっていくのか。そのことを念頭にして制作を進めてきました。 どんな素材 / 部材が準備され、初めに何と何が組み立てられ、そして次に何がくるか。 目の前にある物ができあがる過程を知ると、物の捉え方、時にはその価値でさえ、更新されることがあるのに気がつきます。 どうやって漆の汁碗ができ、どうやって同様のプラスチック製碗ができるのか。 そして自分はどれを好んで使っていくのか。。 手順がわかりやすい。つまり手順に無駄や余計なことがない、何かをごまかしたり隠したりしないことは、できた物を見ている人にとって、素直で健康的ではないかと思うのです。 何より、物ができあがっていくのを見て理解するのは、単純に、とても楽しいことだと思うのです。 このエッセイでも度々、ズントーが手掛けた建築について、取り上げてきました。 僕が心の底から共感を覚えているのは、ズントー建築はそれがどうやって作られているのかが、完成したものを見ると非常にわかりやすい。また、何か見せたくないもの(があるとすれば)を隠したりすることが極端に少ない、その潔さなのです。 なるほど。初めにコンクリートの躯体が出来上がって、そこにアスファルトテラッゾフロアが流し込まれ、木枠のガラスファサードが取り付けられて、照明と家具が置かれて。。。 それぞれの要素が剥き出しで、裏表がなく、どう組み立てられていったのかが一眼でわかる。だからこそ、それぞれの要素がどういう素材でできていて、他の要素とどう組み合わされているのか。そして、その組み合わせが単なる要素の羅列ではなく、新たな化学反応のようなものを引き起こしているのか。。というアルケミストのようなプロセスを踏んでいくのです。 そんな立派な建築と比べるものではありませんが、今回制作した大きなオブジェクトは、そうした建築、構築の分かりやすさを頭の片隅に、素直で健康的に作っていこうとを試みた物たちです。 僕はどうやら、そういう考えを好んで、選んで設計をしていくようなのです。 この建築。のような物を、以下の作家ページに立ち寄って眺めてみてください。 (すぎやま こういちろう) ■ 日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。大学院修了後、建築家として活動する。 2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントー アンド パートナーにて研修、2015年から同アトリエ勤務。 2016年から同アトリエのワークショップチーフ、2017年からプロジェクトリーダー。 世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。”建築と社会の関係を視覚化する”メディア、にて隔月13日に連載エッセイを綴っています。興味が湧いた方は合わせてご覧になってください。 「杉山幸一郎のエッセイ」バックナンバー 杉山幸一郎のページへ |
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