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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第76回 2022年07月10日
雲のバルコニー

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スイスの夏は例年の感覚からすると、6月が一番暑い。そんな夏本番にさしかかったような天気の土曜日、友人から教えてもらった学校のオープンハウスへ行きました。

このプロジェクトは、設計コンペで選ばれた案からとても気になっていました。公共建築コンペでは多くの条件が事細かに決められているスイスであっても、こうした建築ができるんだ。と驚いて、竣工した際にはぜひ訪れたいと。僕の住んでいるところからは少し遠かったのですが、電車とバスで約2時間をかけて、昼下がりの午後に見に行きました。

スイスで竣工建築を見学するのは、ものすごく久しぶりです。もちろんコロナ状況下でこうしたイベントすら自粛されていたこともあるけれど、だんだんと気候とともにフットワークが軽くなってきたのかもしれません。

クールからチューリッヒ駅を経由して、ヴィンタートゥール駅 (Winterthur)へ。そこからバスに乗り換えてヴァルルッティ (Wallrueti)という地域へ向かいます。ここに目当ての新築学校があります。

建築家はSchneider Studer Primasという3人組ユニットです。この学校建築プロジェクトの担当所員の方に話を聞くと、3人それぞれが別々にプロジェクトを持っていて、1つの事務所というよりは、3つの事務所の集まりで、それぞれの個性によってプロジェクトの方向性も大きく変わっている。と聞きました。

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建物の構成はとても簡単です。長方形をした学校建築の周りに、雲のようにふわふわとしたバルコニーが一周回っています。建物中には廊下がありません。つまり、このバルコニーを外廊下として、ここを介して学校へ入る、と同時にここが休憩場所にもなるのです。

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こうした外部の動線空間をドイツ語ではラオベンガング (Laubengang)と言います。このプロジェクトで言い換えればバルコニーです。スイスでは集合住宅はもとより、学校建築でも見かけます。ただ今回の学校が他と違うところは、内部に全く中廊下がなく、建物自体はただ四角い部屋が連なっているだけなのです。

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部屋同士は扉でつながっていて、全ての扉を開いておけば、廊下のようにならなくもないのですが。。。

一般的な建物内部ではクライアントの求める諸室、つまりここではクラスルーム、の大きさを確保して、それらをつなぐ廊下がある。この廊下、共有部分のスペースをどれだけコンパクトに、そして効率よく配置するかが、計画の基礎です。
設計コンペではコンパクトな建築が予算の面からも、サステナビリティの点からも好まれる傾向にあります。パズルのように解いていかなければいけない難所です。


この建築に関して言えば、中廊下がないぶん、その共有部分がほとんどなくできている。それは究極的にコンパクトであるのです。
そうした小さな建築面積を持った長方形の学校を、通常よりも大きくスペースをとった外部バルコニーが囲んでいる。バルコニーは外部なので、断熱も暖房もする必要がなく、リーズナブルに建築できます。

比較対象として日本の学校建築を思い浮かべてみてください。

まず大きなエントランスがあって、そこで下足と上足を履き替える。そして廊下を通って、時には階段を上がって教室へ向かう。僕の通った小中高校は、そんな流れでした。


今回の建築は中学校で、下足のまま教室へ入ること(スイスの中学校では上足に履き替える必要がない)こともあって、メインエントランスがいらないこと。そして小学校のように、ジャケットや鞄などの荷物を置くガードローブも必要ないこと。などの諸条件があったので、こうした空間構成が可能になったと聞きます。

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ただ、他にも課題はありました。コンペの段階でも明らかだったことは、長方形の教室の短手がファサードに面しているし、通常は教室深さ7mくらいを限度に薦められている採光の条件が、深いバルコニーの分だけさらに不利になってしまうこと。つまり教室内が暗くなってしまう懸念がありました。だからこそ、前面は全てガラスで、採光シミュレーションをしながら雲型とその深さを決めていったと聞きました。また、外部階段などでさらに大きな雲型が必要な箇所に面したところには、普通教室ではない、滞在時間が比較的短い諸室を配置しています。

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空間に透明性があって、自由な印象を受ける建築は、気候条件が厳しいスイスではなかなか実現し難い。コンペの段階からもなかなか審査員に受け入れられ難いものです。
だからこそ、この案を推した審査員の方はとても勇気がある。とその場にいた建築家たちは話していました。僕も実際に、例えばもっとも気候が過酷な冬に訪れたら、生徒たちがどういうふうにこの学校で振る舞っているのか、とても気になりました。うまく使っているかもしれないし、内部に溜まれる場所が必要になっているかもしれない。。

ともあれ、僕が何より凄くいいなと思ったのは、非常に簡単に、良い意味でざっくりとできていることです。
コンパクトな長方形の学校建物に雲形のバルコニーが付いているだけ。そんな一言で言ってしまえるくらいにシンプルにできているのに、実際に体験すると空間にとても透明性があって、絶対この学校、楽しいだろう。と思わせる何かがある。

こういう、芯の強いスイス建築をもっと見て、訪れた感想を紹介していく機会を増やしていきたいと思います。

(すぎやま こういちろう)

杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントーにて研修、2021年まで同アトリエ勤務。
2021年秋からスイス連邦工科大学デザインアシスタント。建築設計事務所atelier tsu。
2022年1月ときの忘れものにて初個展「杉山幸一郎展 スイスのかたち、日本のかたち」を開催、カタログを刊行。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。


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