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杉山幸一郎のエッセイ「幸せにみちたくうかんを求めて」
第81回 2022年12月10日
2つの橋

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今日は第21回「ライン川にかかる橋」で紹介した構造エンジニア、ユルク・コンツェット(Jurg Conzett)事務所が設計した2つの橋を紹介しようと思います。

日本から訪れた友人とともにヴィアマーラ渓谷(Viamala Schlucht)にある橋(1999年竣工)とフリムス(Flims)にある橋(2013年竣工)を見にいきました。クール(Chur)から電車でトゥーシス駅(Thusis)まで向かい、そこからバスが出ています。ただ、11月下旬の今はオフシーズンで渓谷も閉まっているので、駅からタクシーで10分ほど走ったキャンプ場付近で降ろしてもらい、そこから徒歩で目的の橋があるハイキングコースへ向かいました。

Viamalaというのは、ロマンシュ語で「(足場の)悪い道」という意味です。かつてはそんな行きづらい道でありながらも、スイスから南部のイタリア方面へ向かう人たちが利用してきました。

第21回のエッセイで紹介した橋は、今回訪れた吊り橋よりスパンも大きく(全長91m)、ジョギング中の人や自転車が行き交うことのできる十分な幅員(3m)があります。今まで移動できなかった点と点を結んだその橋は素晴らしかったけれども、いわゆる従来の吊り橋のイメージに近かったこともあって、橋自体にそこまで新しさを感じたわけではありませんでした。

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一方で今日訪れた橋は、人がひとり通れるくらいの幅しかない、谷沿いに流れる川を渡るための小さな橋です。だからこそ、ライン川の橋とは全く違うスケール感があって、今まで見たことのない細やかさと強靭さのようなものを感じました。

それは「橋ってこういうものだったっけ?」と思うくらい、頭の中にあった橋のイメージとは何か違う、丁寧に作られた工芸品のような美しさ。単にかたちが綺麗だという意味ではなく、素材の動きがそのままかたちに出ている美しさなのです。

2つの橋は同じ構造事務所によって設計されたという共通点の他に、その工法にも類似点があります。素材は地元Andeerの花崗岩とステンレススチール。一つはスチールの上に石材がのり、もう一つは石材の上にスチールがのっているのです。少しだけ見ていきましょう。

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はじめの橋(Punt da Suransuns 竣工1999年)はヴィアマーラにある二本のスチールがリボンのように架けられ、谷を挟んだ両端の岩盤にコンクリートの基礎を持って固定されています。そのスチールの上に穴の空いた枕木のように石材が並べられ、手すり子が石材の穴を通って下部でスチールに留められている。ケーブルではなく、いわばスチールの吊り橋です。

だからこそ、この橋にはケーブルの吊り橋とは違う固有振動があって、歩いていると揺れが少し遅れて伝わってくる、面白い体験でした。

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もう一つの橋(Wasserfall Brucke 竣工2012年)へはバスでフリムス(Flims)まで向かい、そこからリフトで山を登ったところにありました。この橋は吊り橋ではなく、アーチの橋になっているのが見えます。石材がモルタル目地でアーチ状に並べられて、その上にスチールと手すりがのっている。アーチは垂直荷重には強いのですが、下からの吹き上げや横の揺れによって崩れてしまう可能性がある。そのため上からスチールで押さえつける必要があるのです。こちらの橋は吊り構造ではないので、先程の橋と比べて揺れはありません。

石とスチール、同じ素材を用いながら、一方はスチールが石を支え、もう一方は石がスチールの力を止める。そんな芸術品のような橋に、今までの僕が持っていた橋のイメージを全く覆される経験でした。これからは、橋を土木構造物だとは思わずに建築空間だと思って渡るべきだと思いました。ぜひ、スイスに来た際は訪れてみてください。

(すぎやま こういちろう)

■杉山幸一郎 Koichiro SUGIYAMA
日本大学高宮研究室、東京藝術大学大学院北川原研究室にて建築を学び、在学中にスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ピーターメルクリ スタジオ)に留学。
2014年文化庁新進芸術家海外研修制度によりアトリエ ピーターズントーにて研修、2021年まで同アトリエ勤務。
2021年秋からスイス連邦工科大学デザインアシスタント。建築設計事務所atelier tsu。
2022年1月ときの忘れものにて初個展「杉山幸一郎展 スイスのかたち、日本のかたち」を開催、カタログを刊行。
世の中に満ち溢れているけれどなかなか気づくことができないものを見落とさないように、感受性の幅を広げようと日々努力しています。

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