植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」 第8回 「森と芸術」展 2011年5月5日 |
「森と芸術」展
会期:2011年4月16日(土)―7月3日(日) 会場:東京都庭園美術館 集められた絵画や写真や彫刻は、森を主題にしているというより、そこから人間にとっての森の意味が見えてくるというべきか。天地の創造段階を描いた十五世紀の木版画から、二十一世紀の《もののけ姫》の背景画までが並べられていて、これまでの美術史的な企画展などとはちょっと違う。監修は巌谷國士。昨年10月、ときの忘れものの「マン・レイと宮脇愛子」展のときに、じつに魅力的なレクチュアをされた、巌谷さんならではの展示構成である。約180点の作品が8つの章に分けられている。 第1章 楽園としての森 第2章 神話と伝説の森 第3章 風景画のなかの森 第4章 アール・ヌーボーと象徴の森 第5章 庭園と「聖なる森」 第6章 メルヘンと絵本の森 第7章 シュルレアリスムの森 第8章 日本列島の森 ここ五百年ほどのあいだに、時代を追って人間が森を新らたな意識のもとに発見してきた過程が芸術として記録されている、そうした流れを、上のタイトルからだけでも見ることができる。たとえば「風景画」の章では、クロード・ロラン、ロイスダール、ゲインズボロなどから始まって、クールベ、コロー、ピサロに引き継がれる樹木や木立の絵画は、それまで誰もその存在に気がつかなかった森の美しさに触れた瞬間をとどめているし、さらにゴーギャンがその世界を抜きさしならぬまでに深めていく流れがよく分かる。一方、「楽園」の章では、デューラーによって描かれた楽園では、アダムとエヴァがすでに現代に通じる人間の身体性を確立するまで高揚されているが、それから三百年以上も後にジョン・マーティンやギュスターヴ・ドレは同じ主題を扱いながらもむしろ失楽園の翳りを強調して、森が拡がっている。けれども二十世紀に入ればアンリ・ルソーが楽園をいわば楽園そのものの手法で復活させる。楽園とはじつに長きにわたって人間が夢見つづけた、けれどもその真なる表現は容易ではないテーマであることを、この章立てによって痛感する。その点でルソーは千年に一人の画家だという気持ちにもなった。 「シュルレアリスム」の章では、たとえばエルンストの植物と鉱物を油彩で打ち固めたような森はもちろん入っているが、フロッタージュの《博物誌》や怪物たちの彫刻まで森に関わるとして加えられているし、「日本列島」の章では、岡本太郎による縄文土器、羽黒山の参道、沖縄のウタキなど、異なる対象を撮影した写真が、すべて森にいたる意識の表れとして並べられている。そのなかには盛岡市内の毛皮なめし屋の店頭写真もある。そこは森にたつきを得る人が出入りする場所なのだ。 木版画や銅版画、油彩や水彩、彫刻や標本、写真やフロッタージュ、ガラス器や家具、絵本やおもちゃと、展示物は手法もサイズも多岐にわたる。これらが「森」の名を持つことで、従来の作品としての見え方が一変してしまう。また作品を出品している美術館、大学機関、作家、個人所蔵家、画廊は、70もの数にのぼる。日本全国でひそかに守られている「森」の分布状況までもが、独自のテーマによって初めて顕在したのを一望できる企画展でもあるのだ。それは大きな本のように束ねられながら、各章の物語を読むに似ている。あるいは全体はひとつ屋根の下にありながら、それぞれ目的化した部屋の連なりとも思えてくる。 だから都庭園美術館はこの展示にぴったりだ。もとは朝香宮邸である。1933年の竣工だが、間取りは正統十九世紀風というか、1階は華麗な玄関ホール、大広間、第一応接室、大小食堂、喫煙室、大小客室など、2階プライヴェートフロアはさらに小分けされて、広間、書斎と書庫、それに殿下、妃殿下、若宮、姫宮それぞれの居間と寝室(いまの個室や子ども部屋とはかけ離れた優雅な様式の)が、ヴェランダ、合の間、北の間などを介して並ぶ。今回の展示作品はそれら大小の部屋々々に、章ごとアーティストごとに飾られている趣きで、展覧会というより、どなたかのお住まいを訪ねている気分でもある。 以前、ニューヨークの、エンパイヤステートやクライスラーをはじめとする高層ビル(マンハッタン・デコ様式と呼ばれる)を数日かけて集中的に見学する機会があったが、そのついでに街なかにひそんでいる、個人の邸宅とそこの美術コレクションがそのまま小さな美術館になっているのをいくつか訪ねた。どれもが空間と収蔵品とを併せて密度が異様なほど高く、忘れ難い。都庭園美術館の、美術館と邸宅とのあいだをいまも行き来している雰囲気は、とおりいっぺんではない美術館を考えるうえで示唆的だ。とくに今回は館内を埋める植物をモチーフとしたアール・デコ様式が、もうひとつの「森」になっている。企画側の当然の狙いでもあるのだろう。その意味でも、竣工時の朝香宮邸と庭園の写真が展示に加えられているのに格別な興味をひかれた。 (2011.4.24 うえだ まこと) ■植田実 Makoto UYEDA 1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。 「植田実のエッセイ」バックナンバー 植田実のページへ |
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