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植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」
第16回 「家の外の都市の中の家」展  2011年10月4日
「家の外の都市の中の家」展
会期:2011年7月16日(土)―10月2日(金)
会場:東京オペラシティアートギャラリー

 2010年第12回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館の帰国展である。そのときの公式カタログにはヴェネチア会場(吉阪隆正設計の日本館)での展示、今回会場でもらえるハンドブックにはこの帰国展の展示がそれぞれ図解されているのが興味深い。出品されたのはアトリエ・ワン「ハウス&アトリエ・ワン」西沢立衛「森山邸」の1/2サイズの模型がメインである。これらの建築は日本ではいまもっともよく知られているので(私としては実際に見ていることもあり)、むしろビエンナーレではどのように展示されて、どんな反響があったかを知りたかったのだが、カタログに載っているプランとセクションを見ると思ったよりさっぱりしていて、でもちょっとおもしろそうだ。その同じ1/2サイズの模型が東京でもお目にかかれる。この大きさはなかなか体験できない。加えて、コミッショナーを務めた北山恒による集合住宅「祐天寺の連結住居」が前二者とはちょっと違うプレゼンテーションで並べられている。テーマの意図を自分自身の仕事によっても端的に伝えようとしている。
 そのテーマ「家の外の都市(まち)の中の家」というタイトルがうまい。今回は住宅のどの側面どの仂きに焦点を当てているかがすぐ分かるし、言葉が入れ子になったような表現はとても詩的だ。英文だと「外」と「中」の位置が入れ替わって、house inside city outside house. おもしろい。
これまでの住宅設計は自分が関わる住宅に限られたなかでのプランニングに終始していた。いわば住宅を外にたいして閉ざしたなかでの思考にすぎなかった。いささか乱暴に要約すればそんな前提から、都市のなかの一軒、まわりの環境と一体になる一軒の方法論を、三人の建築家はそれぞれ実現させた一作品によって説明している。アトリエ・ワンは「第4世代の住宅」を「家族以外のメンバーがいてもおかしくない」「家の外で暮らす機会がある」「隙間の再定義」の3条件が、戸建て住宅の「非寛容のスパイラル」から抜け出すための方策と考える。西沢立衛は「森山邸」の設計を通じて「1.バラバラにする 2.非中心性 3.小さい 4.環境をつくる 5.透明性 6.雑居・密集 7.境界がない」の「建築的・空間的アイデア」が生まれてきたと言う。北山恒は「祐天寺の連結住棟」ともうひとつ「洗足の連結住棟」(こちらは偶々10日ほど前に外から見る機会があった)において、「内と外の相互浸透性」「透明性」「外気に浸透する住戸」「複雑な外部空間」などを考えている。
 私の報告は住宅設計についてのギロンをここで深めようとするのではなく、あくまで展示を見た感想なので、このていどのメモで勘弁してもらいたいのだが、出品の三人も展示を読んでくださいというよりまず見てほしいという気持ちなんだろうと思うし、だからさきにも触れたようにさっぱりとした印象である。ヴェネチアの日本館ではピロティに支えられた正面形平面の展示室の床中央に開口部があるのをうまく利用して、アトリエ・ワンの隙間形・仕事場兼住宅の仕事場部分を展示室開口部の下に落とし込み、上部の住宅フロアを西沢の小さくバラバラにした住宅に隣接させ、観客がひと目で両者を比較できるようにしている。と、図面からはそう読めるのだがくわしくは分からない。一方、東京の展示場ではそれぞれが別室に置かれているので、ヴェネチア展の素材を見せているといえるのかもしれない。
 それでも、都市問題はこんなに簡単に割り切れるものじゃない、もっと多様で重層的で錯綜した表れになっているとか、彼等のような問題意識をもった住宅の先行例はいくらでもあるとか、自分だって近隣を大切にして植樹したり出入り口のドアや窓の開けかたやバルコニーの位置を工夫して、開かれた都市型住宅をつくってきたとか、いろいろ意見があるかもしれない(現にそんなつぶやきを聞くことがある)。でもそれだけでは反論にならない。三人は建築家であることと客観に徹することを両立させようとし、日本の戸建て住宅の状況として歴史を遡ってここに至るその現在こそを規定しようとし、そして何よりも今気付いているものを静かに平明に語ろうとしている。またまわりの建築家たちからも、自分たちの言説によってまた建築作品によって、平明な語り方を誘い出そうとしている。これまでになかったことである。けれどもその静けさ平明さはあくまでラディカルなのだ。これまでのラディカルな建築家たちが帯びていた質に匹敵するほどの。
 ヴェネチアから帰ってきた作品は、そんな空気に包まれているように感じられたのである。
(2011.9.29 うえだ まこと)

植田実 Makoto UYEDA
1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。

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