ときの忘れもの ギャラリー 版画
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植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」
第50回 「カタストロフと美術のちから展」  2019年01月12日
カタストロフと美術のちから展
会期:2018年10月6日(土)〜2019年1月20日(日)
会場:六本木ヒルズ 森美術館


 最終日が迫っているのでとりあえず伝えたいことだけ書いておきます。いつもの「必見」とは微妙に違う、「見ておいたほうがいい」企画展。
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 カタストロフと美術といえばすぐ思いつく絵画や写真がある。だがそれどころではなく、じつに多様な美術的反応が会場に充満していて、しかもどの作品も評価の点では不計測・不安定な状態にあり、それは例えばむかしから、地震や火事の記録を見るときにつきまとう気持ちから変わらず続いているが、その表れの振幅がこの会場では地球規模となって、いちだんと強い。作品そのものだけでなく、会場の構成が、なんというか虚の空間をところどころに組み込んで、作品を観賞しに来た者を途方にくれさせるほどの力がはたらいている。カタログはそれのかわりに説明で整えられているが、当会場の忘れ難い空間を体感しておくためには、やはり何を措いても見ておいたほうがいいと思う。カタストロフがますます生活・人生に不可避の主題となってくるにちがいない、これからのためにも。
 カタストロフの臨場あるいは記録された光景に接した途端、頭の中に入ってくる、一瞬にして全てが見えるイメージの速度と、それが当事者にとって(部外者はひとりもいないはずだ)終焉のないその後の時間の長さと、そして見えることの差異を、美術はまるごと背負いこむことになる。
 その端的な例を、堀尾貞治が1995年阪神・淡路大震災後に描いた無数のドローイングに強く感じた。現実の描写でも記憶の光景でもない、自身も被災した、絵にしようもない心象を「荒々しい筆跡の赤や青などの色鮮やかな線が画面の中で炸裂するかのようで」(同展カタログより)その衝撃のほどが反映されている。半抽象の街や建物はたしかに破壊を見せている。だが鮮烈な色彩の線や面は生命体として集結し発芽しつつあるようにも思える。つまりは絵画本来の強さになっているのだ。
 同じ1995年の阪神を宮本隆司が撮影している。どの写真からも直かに迫ってくるのはモノをつくる人間の行為そのものが根本から愚弄されているかのような、不自然ともいえる破壊の到来の道筋で、いいかえれば手づくりの住まいにも専門家の設計した建築にも共通するある自然性を踏みにじるような破壊の軌跡として見えてしまう。この世の建築の99パーセント以上は許し難いグロテスクなしろものには違いないが、破壊の光景は天誅などではなく、逆に人間の営みの根深さを思い起させる。その悲劇を「できるだけ自分の視点で普段通りにシャッターを切ることを心掛けて」(宮本の言葉・同展のカタログより)とらえた建築群はやみくもに衝撃的なのとは正反対な光景に、確実になっている。宮本の写真の精度がそこに定着している。
 最近は雑誌や新聞での今週今月の展覧会紹介記事ではもう、ほどよく捌ききれない展示企画が多い。コラムの形式を変える必要があるかもしれない。この「カタストロフ」から考えはじめることの大きさを、先はまったく見えないが感じはじめている。
(2019.1.9 うえだまこと

植田実 Makoto UYEDA
1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。

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