ときの忘れもの ギャラリー 版画
ウェブを検索 サイト内を検索
   
井桁裕子−私の人形制作
第4回 「かたち・ことば・命・リアル」 2010年1月10日
人形に「宿る」のは魂ではない.....と、ちょっと皮肉なことを前回は書いてしまいました。怨念など怖いものと人形が結びつけられがちなので、「それは個人の心にあるものだ」と言いたかったのです。しかし、形あるものは、その形なりの命のようなものがあると思うのです。その意味では、「魂が」という言い方をするのも当たっている気がします。

言葉に呪術的な力があるということはおおむね誰もが感じることだと思います。洋の東西を問わず、文字や言葉は単純に意味を伝達する以上の何かでした。
言霊という言い方もあります。言葉、それ自体に力があるのです。人はそこに祈りを込めるのですね。宗教や魔術の話ではなく、日常レベルでやっていることです。

言葉、文字はその音や形に独自の意味を持っています。同じように立体の造形もその形や質感に意味を含んでいると思うのです。形そのものが、言葉の音と同じように存在するのです。

人形に何か神秘があるとしたら、形それ自体が意味そのものであり、命そのものだ、と思うのです。この場合の命とは、言葉がそうであるように人間の精神的なものと響き合って力を与えてくる何か、といったようなことを言っています。

その曲線や小さなくぼみなどを分析しても、黄金比とか数学的な偶然以外何も出てこないでしょう。(そういった数学も、私は好きなのですが....。)
形は観察し計測できる実体なので、美しいバランスの人形や、何か立体を作りたいと思えば機械的な作業でやったほうが正確に作れるはずです。近い将来、数学的な造形をする(つまり、データで造形する)時代が来るとしたら、逆にこのことが際だって問題となる気がします....が、それはまた別の機会に。

今、この文章を書きながら、作品のほうもドタバタと制作中なのですが、作りながら自分の考えがだんだん変わっていきます。

この12年ほどの間、「個人」ということを手放さずにきました。それは言い換えればリアリズムということでした。リアル(確かな現実)とは何か、それはリアリティ(確からしく感じられること)でしかない。自分の感覚機能によって認識できるもの、そして他者と共有できるもの。その最低限を掴むのに、私は現実を根拠にすべきだと考えたのです。それがすなわち「肖像」だったのでした。
そもそも人形を作っていたのになぜ、「リアリティ」を求め始めてしまったのか、そういうことは聞かれても答えられないのです。なぜかというと、私はいつも寝ぼけていて、行動してからそれが何だったのか、ゆっくり考えるからです。
今、それが歳月の中で最終的に煮詰まってふつふつと結晶を作りつつあります。ある段階が来たらもう、肖像を作らなくても良くなってしまうな、という予感がします。

この「事実」を求める作業は、「私」が見ている「あなた」はこうであるという「自分のリアル」がちっとも確かではないという、あやうさを私に教えました。逆に、個人を見つめることで奇跡のようにそれを超える事がある、という可能性を知りました。その、どこから来たのかわからない「何か奇跡みたいなもの」が大切なのかもしれない。だとしたら、リアリズムが出発点でも何が手がかりでもかまわなくて、ただもうその出発点にとらわれてばかりではいけない、ということが、昨年後半から次第にくっきりと感じられてきたのです。作って完成させてみないと、これ以上なんとも言えないのですが。

9月のジョナス・メカス展の時に、吉増剛造さんがいらっしゃってギャラリートークをされた時がありました。それは、長い時間をかけて、意識の中に現れた言葉を次々とネックレスを作るようにつないでいった文章が、静かに読み上げられていく....といったものでした。なんとなく、水飴とか蜂蜜のようなツヤツヤした流体をゆっくり匙ですくいあげているような心地よい時間でした。私はゆめうつつのような状態で、意味の連鎖、意識されたことの飛び石のような連鎖が、シナプスのようにつながっていく図を頭に描いていました。
私の中で「言葉(音)」という事と「形」という事が置き換えられて、言葉の連鎖のようにつながっていく「意味(形)」の連鎖、というものがふいに浮かんできました。

今、その時に感じたことが本当にできるのか、実験をしています。
重力・重心、強度など、素材の物理的な問題をクリアしなくてはいけないので、そこはゆめうつつではやれません。実際に形にしていく中で、妄想したことがさらに面白くなっていけたら良いのですが!!
画像は、09年9月5日の吉増剛造さんをスケッチしたもの。吉増さんのサインをいただきました。
(いげた ひろこ)

「井桁裕子−私の人形制作」バックナンバー
井桁裕子のページへ
ときの忘れもの/(有)ワタヌキ  〒113-0021 東京都文京区本駒込5-4-1 LAS CASAS
Tel 03-6902-9530  Fax 03-6902-9531
E-mail:info@tokinowasuremono.com
http://www.tokinowasuremono.com/

営業時間は、11:00〜18:00、日曜、月曜、祝日は休廊
資料・カタログ・展覧会のお知らせ等、ご希望の方は、e-mail もしくはお気軽にお電話でお問い合わせ下さい。
Copyright(c)2005 TOKI-NO-WASUREMONO/WATANUKI  INC. All rights reserved.