井桁裕子のエッセイ−私の人形制作 第45回 「此花ツアー」 2013年3月20日 |
あっというまに3月も後半に入ってしまいました。
ときの忘れものでは「具体」の展示で貴重な作品が並んでいます。 私も今月の始めに数日、大阪に出かけておりました。 先月、この場をお借り致しましてお知らせを書きましたが、3月1日から16日まで、大阪の乙画廊で陶の小品の展示をしていたのです。 またもやこの場をお借りしましてですが....ご来場の皆様には心より御礼申し上げます。 さて、滞在中の3月3日、大阪市此花(このはな)区に行ってきました。 以前に展覧会評を書いて頂いた京谷裕彰さんにアート系の観光案内をお願いしたところ、「此花がかつての池袋モンパルナスの進化形のようになっているから面白い」とのことで、「案内ツアー」を申し込んでくれたのです。 此花区は一般的にはユニバーサルスタジオジャパンで有名なところです。 そちらには行かなかったのでわかりませんが、西九条から河を越えて行ったちいさな町の雰囲気は東京の江東区あたりに残っている古い町並みと似ています。高齢化してさびれつつも個性豊かな民家が肩を寄せ合うゼロメートル地帯です。元メリヤス工場跡を改造した共同アトリエ「此花メヂア」がこのツアーの中心スポットです。 ツアーガイドは、古い民家を改造した「黒目画廊」に住み込んで運営している若き詩人の辺口芳典さんです。広々とした六軒家川のほとりの「OTONARI(オトナリ)」という名前の洒落たカフェが出発地点でした。そこは「梅香(ばいか)堂」というギャラリーと隣接しています。OTONARIも梅香堂も、古びた倉庫を改造してそのまま使っています。 梅香堂で妻木良三さんの興味深い展示を観たのですが、その妻木さんと、町内で「働楽」という障害者の共同作業所を運営する坂さんも途中までご一緒しました。 ツアースポットの一つ「宮本マンション」は、屋上まで登って見学しました。この建物にはお風呂がないため、一人しか入れない狭い共同シャワー室を工夫して設置してあります。わびしかったコンクリート壁には、改造後に堂々たる富士山の絵が描かれ、いまや絶景を楽しみながら入浴できるのです。 「黒目画廊」は辺口さんと「OTONARI」の溝辺直人さんが共同運営されています。狭い玄関を上がって行くと展示室、レジデンスのお部屋など(いずれも普通に畳が敷いてある砂壁の4畳半)が密接しています。辺口さんの居室も見学しました。お布団が敷かれたままで、しかしこれがただの布団ではなく詩の言葉が派手に書かれた作品になっており(妻木さんが「ここで熟睡できるんですか?」と尋ねたのが可笑しかった)写真を撮りたかったのですが、やはり辺口さんの寝具でもあることが優先されると思い遠慮しました。一階は出入りが不可能な出口があり、そこも展示コーナーになって展示中だったりします。こう書くと広そうですが、本当に狭く古い2階建ての木造住宅です。何も知らずに泥棒が忍び込んだら、このアートの殿堂にさぞや驚くだろうと思いました。 次のスポットは「モトタバコヤ」という集会所で、ここはカフェもやっているので、美味しいチーズケーキと珈琲で休憩しました。奥では「子供鉅人(こどもきょじん)」という地元の人気劇団が稽古中で、実に活気にあふれていました。 このあたりになぜこのようなアートムーブメントが根付いているかというと、地元の不動産屋さんの協力が大きいのだそうです。 空き物件を安く斡旋してくれるので、家賃の問題で挫折する事がないという背景があるのです。入って来る若いアーティストたちは、町の古くからの住人の皆さんとも馴染み、「働楽」の障害者の皆さんとも共生する、住み心地のいい町を作りつつあるのでした。 日曜なので閉まっているだろう、と言われた「此花メヂア」には、ちょうどここにアトリエを構える作家の吉原啓太さんがいらしていて、中を見せてもらう事ができました。ここもまた私の言語表現が追いつかない場所で、制作できる場所と展示できる空間、レジデンス部屋もあります(ここでも吉原さんの寝起きする部屋を見学)。4棟の建物が壁を壊して合体されている為、隙間の段差がダンボールで埋めてあったりします。 3階の屋根裏には、メリヤス工場の頃の工員が住むための部屋がありました。ところが住んでいた工員はある日突然失踪してしまい、ガールフレンドからの手紙や登山のペナント、アイドルのポスターなどが今も残されたままとなっているのです。1982年で時を止めて朽ちかけたその部屋には、その後行われたアートイベントの展示物までが搬出されぬまま放置され、カオスな雰囲気を漂わせているのでした。 15日にはこの一角に「the three konohana」というホワイトキューブの画廊もオープンしました。 私も含め3人のツアー一行は準備中のこの画廊も見学させてもらいました。 展示の準備ではなく、まだ内装工事の真っ最中で、オーナーの山中俊広氏がご近所の方と一緒に嬉しそうに床のタイルを貼っていました。中はけっこう広く壁も大きいのですが、階段などは頭がつかえるような狭さです。大きい作品をどうやって運び込むのかちょっと心配になりました。 最後に「OTONARI」に帰って来て、ツアーは終了。カフェで溝辺さんの作る実に美味しいパスタを食べて、それも良い想い出になりました。 大阪のみならず神戸や京都など、関西では、このような「コミュニティを作る」こととアートに密接な関係があるように思います。 「具体」の精神を受け継ぐ若い人達が、こうした動きの中に多く参加しているとも聞きました。 町興しの為にアートを、というのではなく、「人のつながり」がアートを生み出す土壌となって、新しい表現者たちも育っているのではないでしょうか。 短い滞在でしたが、貴重な時間を持つことができた大阪行きでした。 (いげたひろこ) 「井桁裕子のエッセイ−私の人形制作」バックナンバー 井桁裕子のページへ |
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