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小林美香のエッセイ「写真のバックストーリー」
第16回 レス・クリムス「Pregnant woman making large soap bubble(大きなシャボン玉を作る妊婦)」  2012年6月10日
図1)
レス・クリムス
「Pregnant woman making large soap bubble
(大きなシャボン玉を作る妊婦)」

1969年 ゼラチンシルバープリント
11.5x17.2cm サインあり

(図2)
レス・クリムス
「The static Electric effect of
Minnie Mouse on Mickey Mouse Balloons」(1968)

木の床の上に立ち、左腕を大きく振って大きなシャボン玉を作る妊娠した女性。シャボン玉は子どもらしい遊びとして連想されるだけに、臨月に近い大きなお腹の女性が、下着と目元を隠す仮面だけを身につけた状態でシャボン玉を作る動作は、いかにも奇妙です。横に長く伸びたシャボン玉が大きく膨らんだお腹の上に重なり合わさるように、女性に動作の指示を与えた上で、タイミングを見計らって撮影されたのでしょう。これから産まれてくる胎児を宿したお腹と、儚く消える空洞のシャボン玉とが視覚的に結びつけられているということは、どのような意味合いを持っているのでしょうか。
レス・クリムス(Leslie Krims, 1942-)は、この作品を制作する前の年に、同じ部屋で、「The static Electric effect of Minnie Mouse on Mickey Mouse Balloons」(ミッキーマウス風船にミニーマウスが及ぼす静的な電気効果),( 1968 )という作品(図2)も制作しています。十字架のような形状で壁に飾られたミッキーマウスの風船を背に、ミニーマウスの仮面で顔を隠してポーズをとるヌードの女性。(図1)と同様に、撮影に際して演出された設定がどのようなことを意図していたものなのか、作品を見る人を当惑させ、さまざまな解釈を導き出すような要素が含まれています。
レス・クリムスは1960年代から、入念な演出をほどこして場面を作り上げた上で写真を撮影する手法を用いて、制作活動を続けてきました。ステージド・フォトグラフィやディレクトリアル・モードと呼ばれるこの手法は、同時代のパフォーマンス・アートやコンセプチュアル・アートとの結びつきの中から発展してきた写真表現の手法の一つであり、作品の中において、描出された場面の虚構性が強調されているのが特徴的です。

(図3)
「Mom’s Snap(母のスナップ)」(1970)

(図4)
『Making Chicken Soup(チキンスープの作り方)』(1972)

1970年代には、クリムスは「Mom’s Snap(母のスナップ)」(1970)(図3)や写真集『Making Chicken Soup(チキンスープの作り方)』(1972)(図4)のように、彼の母親をモデルとした作品を発表しています。裸やパンツだけを身につけた状態の母親の身体にスナップ写真を貼り付けたり、チキンスープを領したりする様子をとらえた写真は、彼と母親との関係性の上に演出されているという前提を踏まえて見るにしても、皮肉、風刺が込められているだけではなく、クリムス特有の、故意の悪ふざけや悪趣味が色濃く表れており、同時代のカルト・コメディ映画『ピンク・フラミンゴ』(ジョン・ウォーターズ監督 1972)をも連想させます。そのほかに、ポラロイドで制作された『Fictcryptokrimsographs』では、ヌードの女性を撮影した後に、女性の身体が変形したり、肌が溶けているかのような加工を施すような作品(図5)を制作するなど、見る人、とくに女性からの反感、嫌悪感を引き起こすことをわざと意図したような作品を制作したりもしており、クリムス独自の外連味を発揮しています。

(図5)
Baby Boobies (1974)
写真集『Fictcryptokrimsographs』(1975)より

レス・クリムスは、1979年にニューヨーク近代美術館でジョン・シャーカフスキーが企画した展覧会「Mirrors and Windows(鏡と窓)」にも選出されました。この展覧会は、1960年代、70年代のアメリカ写真の展開を概観するものであり、写真作品は「鏡派」と「窓派」の二つに分類されていました。「鏡派」は写真を自己表現の手段として用いる写真家のことで、「窓派」は写真を通して外界を探究する写真家のことを指しています。クリムスは、以前紹介したジェリー・N・ユールズマンと同様に、「鏡派」の中で展示されました。フォトモンタージュの技術を駆使して、想像上の世界を綿密に作り上げるユールズマンとはまた異なった意味での「虚構」としての写真のあり方を切り拓いていた作家と言えるでしょう。
(こばやし みか)

レス・クリムス公式サイト:http://leskrims.com/

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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