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大谷省吾のエッセイ「野田英夫展によせて」
第3回 野田英夫展によせて(3)  2011年4月19日
 美術において、社会意識と表現との関係を考えるとき、ただちに思い浮かぶのはプロレタリア美術であろう。日本では1920年代後半に台頭し、33年に大弾圧を受けて終息するが、その間、共産主義思想を直接的に信奉しない画家たちに対しても、画家と社会との関係について多くを考えさせる存在であったことはまちがいない。ただし、プロレタリア美術はその社会意識を表現するにあたって、明快な写実主義を堅守し、ヨーロッパのキュビスム以降の新しい表現に対しては「プチブル的」として激しく非難する立場をとった。
 しかるに、野田や彼が師としたリベラらの作品には、モンタージュの手法や、極端な場合にはシュルレアリスムにも通じる幻想的な表現が導入されている。それは彼らが壁画を主な表現の場としていたためでもあろう。壁画は不特定多数の市民に向けて描かれるものであるゆえ、明快さが求められるのはもちろんであるが、一方で大画面の中にメッセージを効果的に盛り込むためには、新しい表現方法を導入していくことも必要だった。野田の前衛美術に対する考えは、どのようなものだったろうか。彼は次のように述べている。
 「シュール・リアリストが単なる自我中心的なものである時、それは刹那的ショックに終わるであらう。それが若し、もつと広い意味に於ける、即ち自然科学的、心理学的、社会科学的のリアリズムである時、これは大いなる将来と実現性があるだろう」(註1)
この発言に見られるように、野田はシュルレアリスムの理念そのものについては懐疑的な立場をとっている。しかし日本のプロレタリア美術家たちとは異なり、頭ごなしに否定するようなことはせず、冷静に分析研究し、その表現技法の利用すべき点は利用しようとしているところは、アメリカ的な実利主義といえようか。それは例えば、ダリのアメリカ美術への影響について述べた以下の発言にも見受けられる。
 「アメリカでは、シュール・レアリズムをそのまま受け入れず、むしろ、その変態的方面はこれを排撃しその表現方法とか、そのエスプリを利用転化することによつて、新しくアメリカ的なものを発見しようとする努力に向ふといふやうなことになつて来てゐます」(註2)
 今回展示される素描のうち、No.21はダリの《偏執狂的‐批判的都市の郊外 ヨーロッパ史の周辺の午後》(1936年)の部分模写である。ダリの作品は『アトリヱ』1937年6月号(特集「前衛絵画の研究と批判」)に図版掲載されている。もともとのダリの作品では、性器の強調された馬の後姿、馬の頭蓋骨、ダリの妻ガラが捧げ持つ葡萄の房にイメージ連鎖がもたらされているが、野田の素描では三者の形態上の類似はそれほど強調されていない。野田の興味は構図、つまり人物・建物・風景の組み合わせのほうにあるようにもみえる。野田は先の発言で「その変態的側面はこれを排撃し」と述べているように、ダリの幻想から性や死に関わる部分を脱色している。そして「その表現方法とか、そのエスプリを利用転化する」ことに専心しているようだ。人物と風景とを自由に組み合わせ、都会人の白昼夢を浮かび上がらせること。ではその夢の内実とは何だったろうか。

(註1)野田英夫「最近米国美術界の動向」『アトリヱ』1937年1月、p.25
(註2)野田英夫「アメリカ画壇のこと 日本へ来てのことなど」『アトリヱ』1938年2月、p.45
(おおたにしょうご)

■大谷省吾 Shogo OHTANI
1969年生まれ。筑波大学卒、同大学院博士課程中退。東京国立近代美術館主任研究員。シュルレアリスムを中心とした西洋の前衛美術が、日本にどのように紹介され、展開したかという問題について研究。
これまで手がけた東京国立近代美術館での主な展覧会は、1997年「北脇昇展」、2003年「地平線の夢 昭和10年代の幻想絵画展」、2007年「靉光展」、2009年「河口龍夫展」、2010年「麻生三郎展」、現在開催中の「岡本太郎展」など。

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