ときの忘れもの ギャラリー 版画
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大谷省吾のエッセイ「野田英夫展によせて」
第1回 野田英夫展によせて(1)  2011年4月12日
 まずは震災の話から始めたい。このたびの未曾有の震災の被害を受けた方々に、何と声をかけたら良いか、正直いって言葉を失う。そこではどんな言葉も、軽く上滑りしていってしまうような空しさを感じてしまう。いま自分はどうすべきか、どうしたらよいか、ひとりひとりが考えなければならないだろう。否、考えるよりもまず迅速な行動、というのも一理ある。しかし、こんなときこそ、ちょっと立ち止まって冷静に考えないと、判断を誤るかもしれない。どうしてこんなことを言うのかというと、「この一大事に、アートに何ができるか」あるいは「こんなときにアートは無力だ」という発言が、ネット上を飛び交っていることに、若干の違和感を覚えるからである。同じようなことを、1995年の阪神大震災のときも、2001年のアメリカでの同時多発テロのときも、耳にした。今回はそれ以上かもしれない。
 もちろん、チャリティ展を開いて義援金を送るなどの活動が悪いはずはない。そうした活動を震災後じつに迅速に実行している人々に、心からの敬意を表したいと思う。では何に違和感を覚えるのかといえば、「アートとして何かをしなければならない」という強迫観念のようなもの、皆で同じ方向を向いて進まなければいけないような暗黙の強制力のようなもの、に対してである。これがもし、ふだんアートが世の中の役にたっていないことへのコンプレックスや、後ろめたさの心理の裏返しとして作用すると、焦って我を忘れることにつながりかねないだろう。アートとは本来、このような暗黙の強制力によって人々があるひとつの方向へと流されていってしまいそうなときに「こんな別の考え方、ものの見方もあるんだよ」ということを、個の立場から発信すべき存在ではなかったか。それこそがアートの役割ではなかったか。
 とはいえ、このような危機においてこそ、「アートに何ができるのか」「アートは何のためにあるのか」が改めて切実に見直されることもまた事実だろう。その答えを探す上で、過去を振り返ってみることも悪くない。先に述べたような、「社会の役に立たなければならない」という強迫観念が悪い方向へと進んだ例として、私がただちに思い浮かべるのは、戦争記録画である。戦後、あれだけ忌み嫌われ、タブー視された戦争画も、戦時中はむしろ画家たちによって積極的に描かれていたこと、その背景には、こんな国家の一大事のときこそ社会の役にたちたいという、画家たちの心理が働いていなかったとはいえないことを、改めて噛みしめる必要があるだろう。
アートはあくまで個人のもの、として引きこもってはならない。しかし社会のため、と称して多数派によりかかってもいけない。個と社会との間で葛藤し、引き裂かれながら、その痛みに耐え、とどまり続けるとき、それは私たちの心を打つのではないだろうか。
 このたび、ときの忘れもので野田英夫の展覧会が行われるという。あまりにもタイムリーである。1930年代において、アメリカと日本を往復しながら、都会の矛盾の中で懸命に生きる人々の姿を描いた野田。彼もまた、美術が社会の中でどのような役割を果すべきか、考え続けた画家である。今回展示される作品は、素描が中心である。しかしだからこそ、画家が社会に対して向けたまなざしが、直に伝わってくるだろう。おそらく彼の作品は、今の私たちにも、多くのことを考えさせるきっかけを与えてくれるにちがいない。
(おおたにしょうご)

野田英夫ポートレート

■大谷省吾 Shogo OHTANI
1969年生まれ。筑波大学卒、同大学院博士課程中退。東京国立近代美術館主任研究員。シュルレアリスムを中心とした西洋の前衛美術が、日本にどのように紹介され、展開したかという問題について研究。
これまで手がけた東京国立近代美術館での主な展覧会は、1997年「北脇昇展」、2003年「地平線の夢 昭和10年代の幻想絵画展」、2007年「靉光展」、2009年「河口龍夫展」、2010年「麻生三郎展」、現在開催中の「岡本太郎展」など。

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