植田実のエッセイ「美術展のおこぼれ」 第15回 「川上元美 デザインの軌跡」展 2011年9月30日 |
「川上元美 デザインの軌跡」展
会期:2011年9月9日(金)―9月25日(日) 会場:リビングセンターOZONE 3F パークタワーホール 広場に大小の店が三々五々集まっている。その隙間にできた路地はどこにでも抜けているので、迷い子にならないように前以て案内図をもらい、1番目の店から2番、3番と順をたどって最後の19番目店まで見て歩くことになるのだが、それぞれの店の入り口が思わぬ側にあったりするものだから店のまわりを一巡したり、かと思うと3軒分の店内が一直線に見通せたり、路地に面した小さなショーウィンドゥがあったりで、思いがけない路地迷いの楽しさである。外側は簡素なプライウッドのボックス形に統一されていて、そこに直接貼られた看板というかサインも白い美しいロゴに揃えられているが、内部の展示は街なかの店と同じでひとつひとつお洒落な工夫がこらされていて見入ってしまう。小さな時計やステーショナリーが集められている。折りたたみ椅子が並んでいる。豪華なソファが1脚だけ控えている。また突然、雄大な吊り橋の映像と音声が流れている。かと思うと、人の住む部屋がまるごと引越してきたような異空間がある。そこには梯子を登って高い窓からあたりをうかがっている人影がある。どうやら川上元美そのひとである。 1966年から2011年の現在まで、総数800点以上といわれる、BLENDYの容器から鶴見つばさ橋までの、サイズも内容も多岐にわたる川上のデザインを、若い建築家チームが若い視点と敬愛とで選んだ、いわば川上元美セレクトショップとして19のブース形式で展示した回顧展である。こうした作品に添っての時代状況やデザインコンセプトの説明はあえて最小限に抑えている。このいさぎよさがとても風通しよく、それぞれのブースのなかで彼の仕事と静かに向かい合える配慮が決め手である。 展覧会監修は川上元美、会場デザインはトラフ建築設計事務所、グラフィックデザインはTAKAIYAMA inc., そういえばブースのロゴタイプは1960年代につくられた「サボン」、つまり川上のデザイン活動始動の時代にそれとなく重ねているらしい。にくいね。夢見る川上さんルームのインテリアスタイリングは長山智美、そして企画・制作はTRUNK。この意欲的な展示にまず魅せられた。実際にすわれる椅子もたくさん用意されている。 以前このコラムで倉俣史朗とE.ソットサスの1981年以降の作品展を紹介したことがあったが(おこぼれ7)、川上は彼等より若い世代でありながら今回の展示は、倉俣たちの「メンフィス」以前に遡る60年代のイタリア・デザインに共振した作品群から現在までの一貫した、求心的ともいえる仕事を見せている。それは日々の用を足す道具、身体や行為を支える家具、モノや心と関わる容れもの、等々の原理をつきつめていく作業であり、ある意味では自然がつくり出す生命体に限りなく近づこうとするデザインとも思える。だから時代々々による表現の展開・変容という以上に、はじめから現在まで変わらない、無名性とさえいえる道具や家具である。そうした45年にわたる持続こそが川上の紛れもない個性として、見る者に率直に話しかけてくる。 イタリアで学び仕事することからスタートしながら、そこには日本人デザイナーとしての自問もあったにちがいない。ミニマムなものへの志向が感じられるが、西欧的な堅固な結晶性を通り抜け、ついにはハラリと解体せんばかりの原初的なミニマムに迫る、そんな独自の感性が熟しているし、禁欲的に見えながら、ふと優しくおもしろげにふくらむような補助線がそこに隠されている気配がある。回顧展は個々の作品を超える、そのつくり手の思想としての作品が見えてくるチャンスである。 川上は大学在学中に出会った、アンジェロ・マンジャロッティの作品集によってイタリア行きを決断したという。また手前味噌になるが、その作品集は私が月刊「建築」の編集スタッフだったとき、徹夜続きの本誌編集作業の合い間を縫って、それそこ死ぬ思いでなんとか刊行にこぎつけた本だった。マンジャロッティ作品集は世界でも初めてだったし、心酔していた建築家・デザイナーでもあったからとはいえ、無謀な出版企画に踏み切ってしまった自分の軽率さをその後ずっと責めていた。数年前、ある本で川上がこの作品集から受けた生涯的な影響について書いていたのを読んで驚くとともに、長年の苦い思い出が明るい色合いに一転したのだった。 (2011.9.20 うえだ まこと)
■植田実 Makoto UYEDA 1935年東京生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専攻卒業。『建築』編集スタッフ、その後、月刊『都市住宅』編集長、『GA HOUSES』編集長などを経て、現在フリーの編集者。住まいの図書館編集長、東京藝術大学美術学科建築科講師。著書に『ジャパン・ハウスー打放しコンクリート住宅の現在』(写真・下村純一、グラフィック社1988)、『真夜中の家ー絵本空間論』(住まいの図書館出版局1989)、『住宅という場所で』(共著、TOTO出版2000)、『アパートメントー世界の夢の集合住宅』(写真・平地勲、平凡社コロナ・ブックス2003)、『集合住宅物語』(写真・鬼海弘雄、みすず書房2004)、『植田実の編集現場ー建築を伝えるということ』(共著、ラトルズ2005)、『建築家 五十嵐正ー帯広で五百の建築をつくった』(写真・藤塚光政、西田書店2007)、『都市住宅クロニクル』全2巻(みすず書房2007)ほか。1971年度ADC(東京アートディレクターズクラブ)賞受賞、2003年度日本建築学会文化賞受賞。磯崎新画文集『百二十の見えない都市』(ときの忘れもの1998〜)に企画編集として参加。 「植田実のエッセイ」バックナンバー 植田実のページへ |
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