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小林美香のエッセイ「ジョック・スタージス展によせて」
第3回 ジョック・スタージス展によせて(3)  2010年8月17日
これまでにジョック・スタージェスの作品を二冊の写真集を手がかりに見てきたが、モデルたちとの密接な関係の中で、それぞれの人全体の存在感や美しさをとらえようとする態度は、30年以上にもおよぶ長い活動の中で一貫しているように思われる。しかし、選ばれてきたモデルのなかには幼少年、十代の少年少女たちが多いことから、彼の作品に対して、性に関わる表現としてその価値や意味合いを否定するような反応や、モデルになった人物が中傷される事例があったりもしている。
たとえば、1990年にはFBIが児童ポルノ禁止法違反の容疑でサンフランシスコにあるスタージェスのスタジオを家宅捜索して、10万点以上のネガを押収したことはよく知られている(結果的には、児童ポルノに該当しないとして不起訴になったが、この事件を契機としてFBIに対する市民の広範な抗議活動が起きることになった)。また、モデルの中には、インターネット上で公開されていた、自分自身が裸体で写っている作品を職場の同僚に指摘され、その職場で仕事を続けることが困難になったというケースもあり、スタージェスはこの件以降、写っているモデルによってはインターネット上での公開を中止したり、画像のサイズに制限を設けたりするなど、慎重な対応をしている。
スタージェスの作品に限らず、人を裸体、性器を露出した状態で描出した画像が、猥褻なものとして批難の対象と見なされ、殊に被写体が未成年者の場合には厳しい取り締まりの対象となることは珍しいことではない。展覧会や出版物のような発表形態では、見られる環境や流通範囲にある程度の限定されるのに対して、インターネット上で画像が広く公開されることが一般化した現状にあっては、画像がもともと意図されていたものとは全く異なる文脈で、見られたり、解釈が加えられたり、場合によっては悪用されることも格段に増している。
つまり、これまでに写真集を通して解説してきたような、スタージェスの写真家としての活動の経緯、ヌーディストやナチュリストと呼ばれるライフスタイルのあり方など、個々の写真の作品としての成り立ちを理解するための背景やアート作品として写真が流通、享受される文脈が前提として共有されないままに、画像だけが多くの人の目に触れるということが常態化してしまっているのだ。もちろん、写真に撮られ、その写真が公表されたことに端を発し、モデルである当事者が、周囲からの反応により肉体的、精神的な苦痛を被ったとするならば、個々のケースに応じて適切な対処や配慮がなされるべきである。しかし、モデルが自分の写っている写真のあり方に納得し、事前に関係者を含む当事者の同意の上で公開されたとしても、事後的にどのような反応がもたらされるのか、ということは事前に誰にも知り得ることではない。
インターネット上では、同じ画像であっても、スタージェスの作品という文脈で写真として見る人もあれば、少女、裸、性器などの言葉で検索した結果として写真に行き当たる人もいる。どのような関心や意図のもとで、どのようなものとして見るか、という見る側の態度や関心、指向性によって、画像が見る人に与える印象は恣意的に変えられてしまうだろう。また、言語圏、人種などの違いが、写真を見る際の心理的な距離感に大きく作用するだろうし、欧米言語文化圏に属する人たちと、日本語圏に身を置く人ではスタージェスの作品群は受け止められ方にも大きく異なるかもしれない。
また、ポルノ的な表現の様式というものが存在するにしても、どのようなものを目にすると欲情を喚起されるのか、ということは人や状況によっても千差万別ではないかという考え方もあるだろう。また、見る人に与えうる刺激や欲望の中でも、ことさら性的なことに結びつくことにはなぜ特別な注意を要するのか、まるで触れてはいけない腫れ物であるかのように目に触れさせないようにするための多大な労力が、誰によって誰のためになされているのか、ということを問わないままでは、性的な表現にたいする非難や取り締まりへの議論は不毛なもの終始してしまうだろう。スタージェスの長年にわたる作品の取り組みに目を向けることは、こうした日常生活の中での画像とのかかわり合いを顧みる契機を与えてくれるのではないだろうか 。

ジョック・スタージス
"E524C"
2008年
Digital Pigment Print
47.7×33.6cm
Ed.25
サインあり
(こばやし みか)

※Jock STURGESの読み方については、ときの忘れものでは「ジョック・スタージス」としていますが、小林さんは「ジョック・スタージェス」とされており、原文のままとしました。
ただし、編集部でつけたタイトルは<ジョック・スタージス新作写真展に寄せて>とさせていただきました。

小林美香 Mika KOBAYASHI
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、 ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。
2007-08年にアメリカに滞在し、国際写 真センター(ICP)及びサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。
著書『写真を〈読む〉視点』(2005 年,青弓社)、訳書に『写真のキーワード 技術・表現・歴史』 (共訳 昭和堂、2001年)、『ReGeneration』 (赤々舎、2007年)、 『MAGNUM MAGNUM』(青幻舎、2007年)、『写真のエッセンス』(ピエブックス、2008年)などがある。

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