ときの忘れもの 今月のお勧め
■2009年06月09日(火)  竹久夢二「雪の風/『婦人グラフ』12月号表紙」
nicky_20090609.jpg 600×454 86K「雪の風/『婦人グラフ』12月号表紙」
1924年
木版
16.0x20.9cm

大正から昭和初期にかけて刊行された所謂社交雑誌の一つ『婦人グラフ』には、夢二はじめ当時の人気作家が表紙や挿絵を描いています。ご紹介するのはその1924年(大正13)12月号の表紙です。後の複製ではなく、夢二によるオリジナルです。

さて、日本の浮世絵版画が世界的な評価を獲得した裏には、木版の摺りの素晴らしさがあることは皆さんご存知の通りですが、それが「ばれん」という<世界最小の印刷機>によって摺られていることも、私たちの子供時代を思い返せばわかりますね。意外と知られていないのが、この「ばれん」、日本特産だという事実です。
西洋にも木版画はあります。でも、バロットンも、ウィリアム・ニコルソンも、ジャン=エミール・ラブルールでも、紙を裏返してみればわかりますが、「ばれん」の跡がありません。つまり、西洋の木版画は「ばれん」を使わず、リトグラフや銅版と同じようにプレス機による機械刷りなのですね。だからくっきりした白黒の世界を描く分にはいいのですが、微妙なぼかしや、繊細な色遣いは難しい。

日本の「ばれん」の素晴らしさについては、ネットに掲載されている本ばれん物語をお読みいただくとして、問題は創作版画運動における自画自刻自刷(じかじこくじずり)というスローガンです。複製ではない自我の表出たるオリジナルな絵(版の絵)を、自ら画き、自ら彫り、自ら刷る、それが合言葉でした。そのための道具が「ばれん」でした。しかし、このスローガンが形骸化し、理念が矮小化された結果、やたらとテクニックに走る傾向が増幅され、版画がつまらなくなってしまった。ほんとうは、テクニックではない生命力の宿った作品こそが創作なのであり、自刻や自刷でなくても優れた作品はできる。「ばれん」のない西洋にも<創作版画>はあるのですから・・・

前置きが長くなりました。
「ばれん」のことを書いたのは、今回ご紹介する竹久夢二の木版画が実は「ばれん」を使わず、機械刷りだったからです。私は、竹久夢二と恩地孝四郎が近代日本の創作版画の双璧だと思っていますが(個人的には戸張孤雁が好きですが)、機械刷りでもこんなに瑞々しい木版画が生まれるのです。

夢二は生前没後を通じて大人気作家でしたから、加藤版画など複製の木版画がごまんと作られています。この『婦人グラフ』の表紙も、後に複製の木版画がつくられていますが、それらは職人たちが「ばれん」で刷っています。オリジナルが機械刷りで、複製が手刷りという珍しい例です。その「ばれん」刷りより、この夢二オリジナルの「機械刷り」の方が断然いい。不思議ですね。手刷りだろうと、機械刷りだろうといいものはいい。夢二と恩地の師弟だけが自画自刻自刷のスローガンから自由でいられた、と思う所以です。

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