ときの忘れもの 今月のお勧め
■2012年07月30日(月)  ハインリッヒ・フォーゲラー 「愛」
nicky_20120730.jpg 600×549 105Kハインリッヒ・フォーゲラー
「愛」
1896年
銅版
34.0x37.0cm
版上サインあり
サインあり

1872年12月12日ブレーメン生まれたフォーゲラーは、デュッセルドルフ・アカデミーで学び、イラストや絵画をはじめ工芸・家具のデザインから建築の設計まで手がけた多才な作家でした。
感傷的でロマンチックな作風はヨーロッパだけではなく遠く日本にも多くのファンを獲得し、その前半生は栄光と賞賛に包まれたものでした。
しかし、20世紀の政治と芸術の相克の最も典型的な例といえるほどその後半生はドラマティックかつ悲劇的でした。
詳しい略歴はHPをご覧いただきたいのですが、1894年からヴォルプスヴェーデに定住してマッケンゼン、モーダーゾーン、ハンス・アム・エンデオーバーベックたち若い画家たちとともに芸術村をつくります。
自然を舞台とした物語的な世界を銅版画に刻み、その作品が1910年に日本にいち早く紹介され、文芸雑誌『白樺』に特集が組まれたことはよく知られています。
まさに青春の画家として創作版画の竹久夢二恩地孝四郎らに多大な影響を与え、ヴォルプスヴェーデは武者小路実篤らの「新しき村」や夢二の榛名山美術研究所の構想のモデルともなりました。
しかしその後の戦争と革命の時代は彼の人生を大きく狂わせます。

第一次世界大戦が勃発すると、志願兵としてドイツ軍に参加し、次第に社会主義理論に同調し、以降、戦争や社会情勢の悲惨さを象った表現主義的手法を取り入れた作風へと変化。やがてソ連にわたり、1942年7月14日不遇のうちにソ連カザフスタンで亡くなります。
前半生のフォーゲラーは良く知られています。
故・瀬木慎一先生が『現代詩手帖』に連載した<詩人たちの窓ー詩と絵画の照応>の2008年3月号「フォーゲラーとヴァルデンの転向」と、4月号「二人の亡命者の流刑死」は革命と政治に翻弄されたフォーゲラーの後半生を克明に描いて胸をうちます。

ときの忘れものでは、2006年6月「フォーゲラーとヴォルプスヴェーデ展」、2008年4月「フォーゲラーとその時代〈ユーゲント・シュティール〉展」、2010年2月「ハインリッヒ・フォーゲラー展」と、幾度か作品を紹介してきました。
その生涯と作品については木村理恵子さんのエッセイ「フォーゲラーを巡って」をお読みいただければ幸いです。

ハインリッヒ・フォーゲラー Heinrich VOGELER(1872-1942)
1872年にブレーメンに生まれたフォーゲラーは、1894年にヴォルプスヴェーデに定住し、自然を舞台とした童話のような世界を装飾的に創造し、その銅版画は1910(明治43)年に日本いち早く紹介され、文芸雑誌『白樺』に特集が組まれ、表紙や裏表紙、扉を飾りました。
第一次世界大戦には志願兵としてドイツ軍に参加、やがて社会主義理論に同調し、以降、戦争や社会情勢の悲惨さを象った表現主義的手法を取り入れた作風へと変化します。のちソ連にわたり、1942年プロレタリアートの画家・運動家としてソ連カザフスタンで生涯を閉じました。

■2012年07月20日(金)  百瀬寿 「Square lame' - G, Y, R, V around White」
nicky_20120720.jpg 573×600 52K百瀬寿
「Square lame' - G, Y, R, V around White」
2009年
42.5x42.5cm
Ed.90
サインあり

先日、名人刷り師・石田了一さんが来廊され「根室へお墓参りに行った帰路、久しぶりに盛岡に寄って直利庵で蕎麦を食ってきた」と亭主が悔しがるようなことをおっしゃる。ついでに「これお土産ね」と、地元紙岩手日報を届けてくれました。
その内容のご説明は後ほどにして、盛岡ゆかりの作家は実に多い。
ときの忘れもので扱っている作家だけでも、小野隆生はじめ、松本竣介舟越保武舟越桂舟越直木、戸村茂樹、萬鉄五郎などなど。

そして百瀬寿
亭主が百瀬寿の色面だけで構成された世界に初めて触れたのは1974年頃、盛岡でのことでした。
大きな画廊の壁面に並ぶ色面だけの版画作品について、画廊主の上田浩司さんは「版の無い版画だよ」と教えてくれたのですが、銅版や木版の<刀で刻む>版画こそ版画であるとの固定観念に囚われていた亭主にはよくわかりませんでした。
北海道生まれの百瀬さんが岩手大学(ガンダイ)に学んだことがきっかけで盛岡に移り住み、シルクスクリーンによる版画の制作を手掛けて、いわゆる従来の版の概念から開放された自在な色面による自身のスタイルを確立された頃でした。
その後は手漉き和紙や箔なども使い、キャンバス作品や立体作品にも意欲的に取り組んで大作を発表し続けています。
百瀬作品の魅力はなんと言ってもその色彩の美しさでしょう。

2010年9月11日〜11月23日には岩手県立美術館で大規模な回顧展が開催され、亭主も社長とともにかけつけ、百瀬さんの首尾一貫した色彩世界を俯瞰することができました。
色彩同士が奏でるハーモニーが調和よくスクエアの画面いっぱいに漲り、そこに柔らかな光があてられると強烈な色を使っているにも関わらずすがすがしいまでの光の世界が現出します。
百瀬寿の名前は知らなくとも、東京ミッドタウン横浜美術館のグランドギャラリーに常設展示されている大きな作品を見た方は多いはず。

百瀬寿 Hisashi MOMOSE(1944-)
1944年北海道・札幌市生まれ。北海道教育大学旭川分校卒業、岩手大学専攻科修了。シルクスクリーンやネコ・プリントの技法によって、美しい色彩の版画作品を手がける。80年代以降、和紙や箔などを用いた平面作品を制作、色彩のうつろう鮮やかな絵画世界を確立。オレンジからグリーンへ、イエローからピンクへなどグラデーションによる作品構成が特徴である。
作品は神奈川県立近代美術館やスコットランド王立美術館など、国内外の多数の近代美術館に収蔵されている。また2007年に東京ミッドタウンに設置されたパブリックアートワークも話題となった。

■2012年07月10日(火)  戸村茂樹 「晩夏IV」
nicky_20120710.jpg 439×600 71K戸村茂樹
「晩夏IV」
インク、紙
19.0x13.5cm
サインあり

戸村さんと亭主は長い付き合いで、盛岡通いが始まった頃からなのでかれこれ40年近い。
八戸(青森県)生まれの戸村さんは、ガンダイ(岩手大学)を卒業してそのまま盛岡に住み着いたようですが、亭主はもちろん師匠・上田浩司さんのMORIOKA第一画廊で知り合いました。
オーソドックスな銅版画で木、林、森をずっと描き続けている。近年ではドローイングにも取り組んでいる。

版画家としての戸村さんのことは良く知っていたのですが、彼が美術史やイタリア美術にも該博な知識を持っていることを知り驚いたのは上述の初めてのイタリア旅行の折でした。
もう随分前ですが、岩手日報社の事業局に中村さんという方がおられた(定年退職していまは萬鉄五郎記念館の館長さん)。美術や音楽の大好きな方ですが、おそらくその方の発案で岩手日報社主催で<ミケランジェロのピエタ像四つを全て見て回り、ミラノのスカラ座でオペラを鑑賞するツアー>が計画されたことがあります。
確か近畿日本ツーリスト盛岡支店が旅行会社だった。岩手日報の社告で募集したから、直ぐに満杯となると思いきや、あまりに渋い内容でさっぱり客が集まらなかった。
慌てた旅行会社と中村さんは四方八方、声をかけまくった。
その結果、言いだしっぺの中村さんは責任上ご夫婦で参加、加えて100年を越す老舗のお蕎麦や「直利庵」の女将さん、MORIOKA第一画廊の上田さん、戸村茂樹さんなど亭主の遊び仲間が根こそぎ動員され、遂にわれわれ夫婦も参加することになりました。定員をはるかに超え、大ツアーになってしまった。
普段から団体行動は大嫌い、パック旅行なんぞもってのほかと思っていた亭主でしたが、いや実に楽しい旅でした。
われわれ独立愚連隊一行は、隙あらばお土産屋に引っ張り込もうとする添乗員の言うことはきかない(無視する)、自由行動ばかりする、途中から突然イタリア在住の画家・小野隆生さんがバスに乗り込んでくる、などなど旅行会社にとってはとんでもない客だったようです。
ローマ、フィレンツェ、ミラノを回り四体のピエタ像を見たわれわれの実質的なガイドは戸村さんでした。どこの街におりたっても歴史、美術について丁寧に説明してくださる。
おかげで無知蒙昧な亭主もイタリア美術の魅力にすっかりほれ込んでしまいました。

◆戸村茂樹 Shigeki TOMURA(1951-)
1951(昭和26)八戸市生まれ。岩手大学特設美術科卒業。1973年から75年にかけて国画会展に出品。その後84年から版画制作に専念し、85年岩手県優秀美術選奨受賞作家展(萬鉄五郎記念美術館)、87年版画「期待の新人作家」大賞展買上賞。また、89年、91年、第6回、7回ウッジ国際小版画展(ポーランド)で名誉メダル賞を連続受賞。98年第2回ブラティスラヴァ国際エクスリブリストリエンナーレグランプリ(スロバキア)を受賞するなど海外においても多数の受賞を重ねる。ロシア、イギリス、ドイツ、アメリカなど、海外での作品発表も多い。
盛岡市在住。風景描写の中に、現実には見えないが確実に存在しているものを、自然の時の移ろいや空気感に託して、一本一本丹念に線に刻み込んで描く。

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