■2012年05月20日(日)
ジェリー・N・ユルズマン「Untitled」
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| ジェリー・N・ユルズマン 「Untitled」 1976年 ゼラチンシルバープリント 33.5x24.3cm サインあり
本棚と暖炉のあるビクトリア朝様式の瀟洒な部屋。書き物机の上には、地図が拡げられ、その地図の上に重ねられた本の上には、小さな人物があたかも物思い耽るかのように頭を下げて立っています。部屋の天井が抜き取られたような状態になっていて、広がる空には雲が立ちこめ、雲の隙間から差し込む光は、小さな人物の影法師を作り、また机の下に敷かれた豪華な絨毯の上にも影を落としています。 ジェリー・N・ユルズマン(Jerry N. Uelsmann, b.1934)の代表作として知られるこの作品は、「The Philosopher's Study(哲学者の書斎)」と通称されてもいます。本や地図の中から立ち上がる人物の姿は、書斎の中に籠もって思索する哲学者を、頭上の空は無限に広がる思弁の世界を象徴的に表していると読み解き、解釈することもできるでしょう。 ジェリー・N・ユルズマンは、ロチェスター工科大学在学中の1950年代末から合成写真の作品制作を始め、以降大学で写真教育に携わりながら、制作を続けてきました。彼の制作手法は、複数枚のネガを元に、暗室作業を繰り返してプリントに焼き付けていくというもので、場合によっては、一枚のプリントを焼き付けるために10台近くもの引伸機が使われています(図2)。複数のネガを組み合わせることによって、頭の中で思い描いた超現実的で幻想的な光景を、暗室の中で印画紙の上に構築してゆくユルズマンは、まさしくイメージの錬金術師と呼ばれるに相応しいでしょう。
◆ジェリー・N・ユルズマン Jerry N. Uelsmann(1934-) 1934年アメリカ、ミシガン州デトロイト生まれ。ロチェスター工科大学、インディアナ大学で学んだ後、フロリダ大学で写真を教える。今では珍しくなくなった、さまざまな技法によって写真に手を加えた「作られた写真」だが、ユルズマンが写真を作り始めた1960年代は、撮影の際に表現の基本的な性格づけが行なわれるべきだとする「ストレート写真」が基調をなしていた時代であった。複数のイメージを暗室作業の過程で自由自在に組み合わせる技法を用いてシュールな作品世界を作ってきたユルズマンは、「作られた写真」を現代に甦らせた先駆者の一人である。 | | |