ときの忘れもの 今月のお勧め
■2012年01月30日(月)  駒井哲郎「大きな樹」
komai_bigtree.jpg 445×600 77K駒井哲郎
「大きな樹」
1971年
銅版
44.5×32.1cm
Ed.210
サインあり

文字通り「大きな樹」を描いた、それも駒井作品の中では最も大きなサイズの作品です。
駒井哲郎は初期から晩年に至るまで「樹」あるいは「木」を繰り返し描きました。
「束の間の幻影」に代表される1950年代の<夢>シリーズから、試行錯誤を経て「からんどりえ」や「人それを呼んで反歌という」の硬質な秀作を生み出したことは良く知られていますが、そのきっかけとなったのがルドンの木でした。
そのものずばり、「樹木 ルドンの素描による」(1956年)という作品があります。小山正孝との詩画集『愛しあふ男女』に挿入された作品ですが、その制作の経緯について駒井自身が次のように述懐しています(<>が引用)。

<巴里から帰って来て仕事もなく、もちろん絵も売れなくて困っている時期がずいぶん永く続いたように思う。そんなある時、小山正孝の詩集に銅版画で挿絵をやらないかといって来てくれた…(中略)。早速、とびついて仕事をした。これが日本に帰ってからの最初の詩画集だった。>(ユリイカ1971年12月号)

駒井哲郎と親しかった大岡信も『詩人の眼・大岡信コレクション』展図録の中で次のように言っています(2006年 三鷹市美術ギャラリー他、<>が引用)。

<南画廊が最初に開いたのが1956年の駒井さんの展覧会でした。その頃まだ僕は南画廊を知りませんでした。駒井さんとは58年から親しくなりましたが、そのころの彼はフランスから帰国した後で、創作に悩んで試行錯誤を繰り返していました。僕にとっては人ごととは思えない切実さがありました。
フランスに行くまでの作品は幻想的なものが多かったのですが、フランスで幻想的作品の弱さ、つまらなさを痛感して、自然界をちゃんと見つめようとした。その苦しみの中、抽象の世界を出てリアルさを見直す試みが一連の「樹木」シリーズにつながったのでしょう。>(同図録34ページ)

フランス留学(1954〜55年)から帰国した後のスランプを脱出し、作家が新たな成熟期に向かう転機となったのが樹木シリーズであり、今回出品のNo.41)「大きな樹」 はその集大成ともいえる大作です。


駒井哲郎 Tetsuro KOMAI(1920-1976)
1920年東京生まれ。35年西田武雄に銅版画を学び始める。42年東京美術学校卒。50年春陽会賞、翌年第1回サンパウロ・ビエンナ−レで受賞。木版の棟方志功とともにいち早く世界の舞台で高い評価を獲得し、戦後の美術界に鮮烈なデビューを飾る。53年資生堂画廊で初個展。54年渡仏。56年南画廊の開廊展は駒井哲郎展だった。72年東京芸術大学教授。銅版画のパイオニアとして大きな足跡を残す。1976年永逝(享年56)。

●銅版画の詩人と謳われた駒井先生は15歳の少年時代から56歳で亡くなるまで銅版画一筋の生涯でした。名作『束の間の幻影』はじめ、心にしみるエッチング作品を多数残し、長谷川潔、池田満寿夫とともに銅版画の魅力を人々に知らしめた功績は大きなものがあります。晩年の駒井先生にお目にかかれたことは私の宝物の一つですが、2006年は没後30年です。久しぶりに遺作を集めた展覧会を企画したいと考えています。

■2012年01月20日(金)  ジョナス・メカス「this side of paradise」より02
「this side of paradise」より02ジョナス・メカス
「this side of paradise」より02
2000年
Type-Cプリント
30.0×20.0cm
Ed.10 サインあり

1983年、亭主が依頼した版画作品がきっかけで、メカスさんは自ら撮影した16mmフィルムから、3コマ程度の部分を抜粋し、写真として焼きつけるシリーズを「静止した映画フィルム」と名づけ、次々と写真の連作を発表します。

中でも「this side of paradise」シリーズの元になった映像は、1960年代末から70年代始め、ジョン・F・ケネディの未亡人であったジャッキー・ケネディに請われ、子息のジョン・ジュニアやキャロラインといとこたちに映画を教えていた時期に撮影されたフィルムです。
悲劇的な父親の死から程ない頃、父親のいない暮らしに慣れるまでの、心の準備が少しでも楽にできるよう、子供たちが何かすることをみつけてやりたいと考えたジャッキーが、子供たちに美術史を教えていたピーター・ビアードを通じて、メカスに頼みました。アンディ・ウォーホルから借り受けたモントークの古い家で、ジャッキーとその妹家族、子供達、メカス、週末にはウォーホルやビアードが加わり、皆で過ごした夏の日々の、ある時間、ある断片が作品には切り取られています。

大統領夫人がポップアートの作家の別荘を借り、実験映画のアーティストたちを家庭教師に頼み、子供達とひと夏をモントークで過ごす。ある家族の日常に記録ですが、それがそのまま60〜70年代のアメリカを象徴する映像となっている。

「それは友と共に、生きて今ここにあることの幸せと歓びを、いくたびもくりかえし感ずることのできた夏の日々。楽園の小さなかけらにも譬えられる日々だった。」   
                                                      ジョナス・メカス


映画と写真の中間領域に位置するような、この興味深い試みは、湧き出る水のように豊かなイメージを語りかけてくれます。

ジョナス・メカス(1922〜)
1922年リトアニア生まれ。ソ連次いでナチス・ドイツがリトアニアを占領。強制収容所に送られるが、45年収容所を脱走、難民キャンプを転々とし、49年アメリカに亡命。16ミリカメラで自分の周りの日常を日記のように撮り始める。65年『営倉』がヴェネツィア映画祭で最優秀賞受賞。83年初来日。89年NYにアンソロジー・フィルム・アーカイヴズを設立。2005年ときの忘れものの個展のために4度目の来日。
『リトアニアへの旅の追憶』『ウォルデン』の作者は映像を志す人にとって神様のような人ですが、前衛映画の蒐集保存のための美術館建設計画を進めていた頃のメカスさんは「フィルムは山ほどあるがお金がない」状態で、少しでも応援しようと83年に日本にお招きし7点の版画をつくって貰いました。それがメカスさん独自の写真作品制作のきっかけです。メカスさんの写真と版画はときの忘れものでいつでもご覧になれます。

■2012年01月10日(火)  セザール「圧縮されたオートバイ」
nicky_20120110.jpg 600×430 48K「圧縮されたオートバイ」
1975年
ミクストメディア
22.0x35.0cm
Ed.60
サインあり

フランス版アカデミー賞ともいうべき映画のセザール賞で知られるセザールとは、本名セザール・バルダッチーニ(César Baldaccini, 1921年〜1998年)、20世紀フランスを代表する彫刻家で自動車をプレス機で圧縮した彫刻作品で知られる。
セザールのファンである亭主は、1989年のエッフェル塔100周年を記念した展覧会を企画した折にパリと東京を往復し、セザールはじめ、ジャン・ティンゲリー、エドゥアルド・アロヨ、ヴァレーリオ・アダミ、フェルナンデス・アルマンの5人の作家にエッフェル塔へのオマージュ版画を制作してもらったことがあり、その名はことさら懐かしい。

今回の《圧縮されたオートバイ》は、クラヴァンヌが映画芸術技術アカデミーを設立した同じ年に制作された魅力的なマルチプル作品です。因みに翌年の第一回授賞式でセザール賞を手にしたのはロベール・アンリコ監督、フィリップ・ノワレ、ロミー・シュナイダー出演の「追想」でした。

セザール Cesar(1921-1998)
1921年フランスに生まれる。本名セザール・バルダッチーニ(Cesar Baldaccini)。20世紀フランスを代表する彫刻家。マルセイユとパリの美術学校で学び、1947年から鉄の彫刻制作を始め、1954年に初個展を開き、廃品を集めた総合彫刻を発表。 1960年友人の工場で目にした、スクラップを四角い金属塊に圧縮する大型プレス機に魅せられる。手作業によらず自らの意のままにならない作品―廃車を押しつぶした「圧縮(コンプレッション)彫刻」はそれまでの自身の彫刻の概念を乗り越えてしまった。この圧縮された自動車は同年のサロン・ド・メに出展され賛否両論の話題をさらい、やがて国際的な評価を獲得、さらにポリウレタンの膨張力を利用したオブジェ「拡張」シリーズの制作へと展開する。世界各地のパブリック・アート設置に招かれ、膨張彫刻や自らの親指を巨大にした型取り彫刻などを設置する。友人のジョルジュ・クラヴァンヌが主催し始まったフランスの映画賞のためにトロフィーとなる彫刻を制作、この賞は「セザール賞」と呼ばれるようになった。1998年、歿。

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